YOASOBIの名曲ベスト10
YOASOBIは「小説を音楽にする」ことを目的としたユニットとして2019年に結成され、デビューシングル「夜に駈ける」をはじめ、数々のヒット曲を世に送りだしている。令和時代初期の日本のポップミュージックシーンにおいて最も重要なユニットの1つであり、ヒットの基準がCDの売上からインターネットでのストリーミング回数に完全に移行したことを強く印象づけた存在ともいえる。
レーベルが運営する投稿サイトのスタッフからプロジェクトについての話を聞いたコンポーザーのAyaseは、バンド活動を経て、当時はボカロPことボーカロイドプロデューサーとして活動していた。ユニットの結成にあたり、Ayaseはボーカリストにシンガーソングライターの幾田りらを指名するのだが、きっかけはInstagramに投稿していた弾き語り動画だったという。
YOASOBIは各メンバーのソロアーティストとしての活動の延長線上にあり、個人としての活動を昼にたとえるならばこのユニットは夜であり、遊び心を持って活動をしたいというような思いからユニット名も決定した。当時はソロアーティストとして以外にぷらそにかというユニットのメンバーとしても活動をしていた幾田りらは、YOASOBIにおいてはIkuraを名乗ることになる。
夜に駆ける (2019)
YOASOBIのデビューシングルにして、Billboard Japan Hot 100において2000年度の年間1位に輝いた大ヒット曲である。CDシングルは発売されていなく、配信のみによるリリースだったにもかかわらず、この年に最もよく聴かれた日本のポップソングとなった。
「小説を音楽にするユニット」のコンセプト通り、星野舞夜の小説「タナトスの誘惑」を原作としていて、歌詞やアニメーションを効果的に用いたミュージックビデオにもその内容は反映されている。自殺願望がある少女やそれを救おうとする男性がモチーフになっているようなところもあり、YouTubeではミュージックビデオに年齢制限が設けられている。
切なくも儚げな世界観を歌うIkuraの透明感溢れるボーカルが素晴らしく、「明けない夜」のイメージは新型コロナウィルスのパンデミック禍にあった当時の閉塞的な社会状況にもマッチしていたように思える。
祖母がピアノの先生であり、幼少期から遊び感覚で弾いていたというAyaseらしい、鍵盤のフレーズが実に印象的な楽曲である。けして明るい内容をテーマにはしていないのだが、たまらなくポップでキャッチーであり、何度聴いても飽きることのない不思議な魅力に満ち溢れている。
日本の歴史を回想するタイプの映像において、第二次世界大戦後のBGMが並木路子「リンゴの唄」だとするならば、新型コロナウィルス禍はYOASOBI「夜に駈ける」なのではないかというような気がなんとなくしている。
あの夢をなぞって (2020)
「小説を音楽にするユニット」としてのYOASOBIの第2弾シングルで、原作はいしき蒼太の小説「夢の雫と星の花」である。フジテレビ「とくダネ!」のMONTHLY SONGやダイハツ工業の軽自動車、タフトのCMソングに起用されるなど、早くもタイアップが付いてきている。
「夜に駈ける」がややダークでもある題材を扱っていたのに対し、この曲は青春時代の夏の終わりの告白や最後の花火といった、ノスタルジックで爽やかでもありながら切なげな気分が見事に楽曲化されている。
Ikuraのこれもまた透明感溢れるアカペラのボーカルではじまり、鍵盤のフレーズ、キャッチーなメロディーやロック的な疾走感さえマイルドに感じさせたりもしてとても良い。
青春時代というのは現実的には確実に訪れていたのかもしれないのだが、なんとなく記憶があやふやに美化されていったりもして、いつの間にかなんだかよく分からなくなったりもして、完全に過去のものとして切り離すことができたり、いつまでもその季節の幻覚から逃れることができなかったりいろいろだったりはすると思うのだが、この曲におけるIkuraの「好きだよ」というボーカルパフォーマンスのさり気なさは神がかっていると言わざるをえない。
ハルジオン (2020)
YOASOBIの「小説を音楽にするユニット」として3作目のシングルで、原作は橋爪駿輝の小説「それでも、ハッピーエンド」である。
イントロのフレーズからしてまたちょっと変わった感じがして期待をいだかせるのだが、いわゆる失恋ソングであり、そのリアルでヴィヴィッドな感じがたまらなく良い。
Ikuraのボーカルはその透明感のようなものがたまらなく良く、その本質というのか人間的なドロドロ感のようなものから超絶としているところがまた素晴らしいと思えるのだが、この曲においてはそのような熱量でありながら、喪失感でどうしようもなくなっている様が歌われてもいて、そこにまたグッときたりもする。
「そこにはただ美しさの無い私だけが残されていた」「あの日の景色に取りに帰るの あなたが好きだと言ってくれた私を」あたりの容赦なさというか、どうしようもなさのようなものには、カタルシスすら感じなくもない。
群青 (2020)
もはや、「小説を音楽にするユニット」の枠は超えていて、そのポピュラリティーからより大きなプロジェクトとして、YOASOBIは確実に動きはじめていることが確信できた。ブルボンの絶妙に良いお菓子、アルフォートのCMタイアップなども付いていたのだが、絵を描く若者たちをテーマにした漫画「ブルーピリオド」にインスパイアされている。それで、歌詞に渋谷の街も登場する。
心底好きで熱中できるものを発見してしまい、しかもできればそれを生業にしていきたいと本気で考えてしまうという青春のいじわるが真正面から本気でテーマとして採用されているので、もちろん力強くもありながら、どこかで悲しみも受け入れられている。
当時、Ikuraが所属していた音楽ユニット、ぷらそにかのメンバーたちもコーラスで参加している。
本質的な欲望に気がつくということは、おそらく幸せでもあるというのだが、一方でとても悲しい。そういった真実が表面的なポジティブさのようなものの奥底でしっかりと主張されてもいるように感じられるところが、とても素晴らしい。
ハルカ (2020)
YOASOBIにとって6作目となる配信限定シングルで、「アートアクアリウム展2021~博多・金魚の祭り~」、タカラトミーの玩具、ぷにるんずなど、これもまたタイアップが付いているわけだが、原作は鈴木おさむの小説「月王子」である。投稿者ではなく、すでに放送作家として大成功していたり、数々の著作も出版されているプロによる小説が原作である。
YOASOBIのメンバーが音楽的才能に満ち溢れていることはもちろんなのだが、ユニットの成り立ちの性質上もあって、その時々の原作に合わせてしっかりハイクオリティーな楽曲を仕上げているところもとにかくすごい。
この楽曲の場合はダークな部分はほとんど無く、優しく人生の応援歌的にも機能しがちな素晴らしさである。それで、原作に出てくる雑貨屋で売れ残っていたが遥という女の子に拾われることによって幸せな日々を過ごすことができたマグカップの視点で歌われている。YOASOBIというユニットの多才さが実感できる、感動的な楽曲である。
怪物 (2021)
テレビアニメ「BEAETERS」第2弾オープニングテーマ曲としてリリースされ、Billboard Japan Hot 100で最高2位、オリコン週間デジタルシングルランキングでは1位に輝いた大ヒット曲である。
ダークなEDM的サウンドが特徴的であり、ビリー・アイリッシュ「bad guy」あたりからの影響も感じられる。やはりこの暗さもまたYOASOBIの大きな魅力の1つだと思えるのだが、文学的な繊細さのようなものを残しながらも、ポップミュージックとしての骨太さが確実に増しているような印象も受ける。
三原色 (2021)
小渕門優一郎の小説「RPG」を原作とする楽曲であると同時に、NTTドコモの廉価版料金プラン、ahamoのCMソングとしても使用されていた。
音楽的にはやや実験性が感じられもして、実写とアニメーションを組み合わせたムービーや渋谷駅前の大型ビジョンジャックなど、メディアミックス的なプロモーションも印象的であった。
アンコール (2021)
YOASOBIにとって初のEPとなった「THE BOOK」からシングルカットされた楽曲で、投稿サイトの「夜遊びコンテストvol.1」で対象に輝いた水上下波の小説「世界の終わりと、さよならのうた」をベースとし、Google Pixel 5、Pixel 4aのCMでも使用された。
「明日世界は終わるんだって」という歌いだしからすでにつかみはOKな、YOASOBIらしい切なくて儚げな世界観が前面に打ち出されたとても良い曲である。
祝福 (2022)
テレビアニメ「機動戦士ガンダム 水星の魔女」のテーマソングとしてリリースされ、Billboard JAPAN HOT 100で最高2位のヒットを記録した。
歌詞はやはりアニメの内容に寄り添っているように思えるが、ポップミュージックとしてのスケール感や強靭さがまた増しているように感じられる。それでいて、ブレないIkuraの透明感溢れるボーカルの魅力が際立ってもいる。
アイドル (2023)
テレビアニメ「【推しの子】」のオープニングテーマとして書き下ろされ、Billboard JAPAN Hot 100で15週以上にわたって1位を記録するなど、アニメの放送が終わってからもヒットし続けることになった。
漫画の原作者である赤坂アカが書いたスピンオフ小説「45510」を原作としているが、歌詞の内容そのものが原作を反映しながらも1つのアイドル論となっていたり、音楽的にもこれまでのYOASOBIの作品よりもポップミュージックとしてスケールアップし、アイドルポップス的な要素を意図的に組み入れたりもしている。楽曲中のかけ声には、本物のオタクとしても知られるリアルアキバボーイズを起用するという徹底ぶりである。
Ikuraのボーカルもラップパートも含め、歌詞の内容に応じて変幻自在に様々なパターンが使い分けられていて、楽曲そのものを実に味わい深いものにしているといえる。超メガヒットであるのみならず、音楽的にも驚異的な情報量と大衆ポップスとしての強靭さが感じられてとても良い。