The 500 Greatest Songs of All Time : 430-421

430. The Concept – Teenage Fanclub (1991)

ティーンエイジ・ファンクラブのアルバム「バンドワゴネスク」の1曲目に収録され、先行シングルとしてリリースもされていた。「バンドワゴネスク」はアメリカの音楽雑誌「SPIN」において、R.E.M.「アウト・オブ・タイム」、ニルヴァーナ「ネヴァーマインド」などを抑えて年間ベスト・アルバムに選ばれたことでも話題になった。イギリスの「NME」ではニルヴァーナ「ネヴァーマインド」に次いで、年間2位であった。3位にプライマル・スクリーム「スクリーマデリカ」、9位にマイ・ブラッディ・ヴァレンタイン「ラヴレス」(当時の邦題は「愛なき世界」)と、10位以内にクリエイション・レコーズからリリースされたアルバムが3作も選ばれていた。

それはそうとして、ギターソロや美しいコーラスなど、70年代ロック的なオーセンティックな感じをオルタナティヴ・ロック的な感覚でやっているところが素晴らしく、どこに行く時もデニムを履いていて、ステイタス・クォーのレコードを買いにいく女性が登場する歌いだしからもう最高である。

内田春菊の漫画のモデルになったことがあるという小娘と休憩時間にポンパドゥールで買ったパンを食べながら、六本木の公園で「BEAT UK」の感想を語ったり「remix」を回し読みしたりしていたのだが、彼女がこのアルバムをかなり気に入っていたので、自分でも社割でCDを買った記憶がある。

429. Pyramids – Frank Ocean (2012)

フランク・オーシャンのデビュー・アルバム「チャンネル・オレンジ」から先行シングルとしてリリースされた、9分54秒にも及ぶ2部構成の曲である。ギター・ソロをジョン・メイヤーが弾いている。

古代エジプトのファラオやクレオパトラ、現代の売春斡旋業者とセックス・ワーカーの恋をテーマにした歌詞のイマジネーションの広がりがかなりすごい。音楽的にもメロウなR&Bからデジタルなダンス・ビート、サックスも最高なプログレッシヴなものになっている。

オレンジ色のジャケットも印象的なアルバム「チャンネル・オレンジ」は全米アルバム・チャートで最高2位の大ヒットを記録した。「オレンジ色の憎い奴」というかつての「夕刊フジ」のキャッチコピーは、このアルバムにこそふさわしいのではないかというぐらいに素晴らしいアルバムである。

428. No One Knows – Queen of the Stone Age (2002)

クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジといえばアメリカン・オルタナティヴ・バンドの中でもハード・ロック寄りというか、そもそもハード・ロックのジャンルの1つでもあるストーナー・ロックのバンドとして知られているのだが、2000年のアルバム「R指定」がプライマル・スクリーム「XTMNTR」などを抑えて「NME」の年間ベスト・アルバムに選ばれるなどして、聴くべきものがひじょうに少なくなってもいた当時のいたいけなインディー・ロックファンなどにも聴かれるようになっていた。

それで、次のアルバムとしてリリースされたのが「ソングス・フォー・ザ・デフ」であり、確かコールドプレイ「静寂の世界」と同じぐらいの時期だったと思う。この頃には元ニルヴァーナ~フー・ファイターズのデイヴ・グロールもドラマーとして一時的に加入していた。

先行シングルとなるこの曲は力強くもキャッチーなリフで押しまくるタイプで、全英シングル・チャートでは最高15位を記録していた。メンバーは後にアークティック・モンキーズとも交流し、音楽性に影響をあたえることになる。

427. Transmission – Joy Division (1979)

ジョイ・ディヴィジョンの結局は完成しなかった「ジョイ・ディヴィジョン」というアルバムのためにレコーディングされ、シングルでリリースされた曲である。タイトルの「トランスミッション」というのはラジオの放送という意味にこの曲の場合は取ってかまわないと思うのだが、それがいかに個人の生きざまにさえ影響をあたえてしまうのかということについて、シンプルでクールなポスト・パンクサウンドにのせて歌った曲として受け止めることもできる。

個人的は中古レコード店やクラブパーティーというよりは、ラジオやテレビと音楽雑誌、チェーン展開されていたメジャーな新品CDショップ(及び旭川のミュージックショップ国原や玉光堂)のみによって培われたタイプの音楽リスナーなので、「Dance, dance, dance, dance, dance to the radio」と繰り返し歌われるこの曲には勝手に親しみを感じたりもしている。

426. Hard to Explain – The Strokes (2001)

個人的に青春時代は80年代で、無理をするならば90年代も少しぐらいならば入れてもかまわないという感覚であり、ポップ・ミュージックは基本的に若者のものだと考えているので、最新流行のトレンドについていけなくなったとしてもそれはきわめて健全なことだと思っていた。そして、それは21世紀がはじまると同時に確かに自分自身にも訪れていた。

しかし、そんな気分を一気に吹き飛ばしてくれたのがザ・ストロークスのデビュー・アルバム「イズ・ディス・イット」だったのである。新しいのにちゃんと良さが必要以上の無理や精神的若造りをしなくてもちゃんとよく分かる。クールでセクシーでプリミティヴなロックンロールの本質をアップ・トゥ・デイトなスタイルで網羅している。それが個人的にはうれしくて仕方がなかった。

つまり、そういう音楽であり、当時の個人的な境遇はともあれ、これを聴いている間は最高な気分になれた。それこそがポップ・ミュージックの最大の価値なのではないかと思う時もあれば、思わない時もある。

425. Atomic – Blondie (1979)

ブロンディ「コール・ミー」が欧米のみならず日本でもわりとヒットしたのが個人的に中学2年の頃であり、それ以前のことについてはリアルタイムではほとんど知らない。とはいえ、その少し前に全英シングル・チャートで1位に輝き、「銀河のアトミック」という素敵な邦題がついているこの曲はかなり良い。

1996年の映画「トレインスポッティング」のサウンドトラックではブリットポップバンド、スリーパーがこの曲をカバーしていた。「your hair is beautiful」というフレーズの単純だが間違いない強度こそがこの曲の真髄であり、原初的な欲望に忠実で最高である。

424. Can’t Stand Me Now – The Libertines (2004)

リバティーンズの2作目のアルバム「リバティーンズ革命」から先行シングルとしてリリースされ、全英シングル・チャートで最高2位を記録した。こう見ると、一部のインディー・ロックファンから支持されていただけではなく、普通にちゃんと売れていたのだなということが確認できたりもする。

バンドの中心メンバーであるカール・バラーとピート・ドハーティの関係性の悪化などがテーマとなっていて、この年をもっての解散を予見しているようでもあった。「NME」ではフランツ・フェルディナンド「テイク・ミー・アウト」を抑え、年間ベスト・シングルに選ばれていた。

プロデューサーは元ザ・クラッシュのミック・ジョーンズ、ミュージック・ビデオを監督したのは元ジーザス&ザ・メリー・チェインのダグラス・ハートである。

423. Human Behaviour – Bjork (1993)

ビヨークのソロ・デビュー・シングルで、全英シングル・チャートで最高36位を記録した。

アイスランドでは12歳の頃に童謡を歌ったレコードでデビューし、すでに人気者であった。その後、インディー・ロック・バンド、シュガーキューブスのボーカリストとして、世界的にも注目される。

ソウル・Ⅱ・ソウルのネリー・フーパーをプロデューサーに迎えたソロ・デビュー・アルバム「デビュー」では、クラブ・ミュージック的な音楽性にシフトし、そのユニークなボーカルがより幅広いリスナーから支持されるようになった。

イギリスでは「NME」「メロディ・メーカー」といったインディー・ロックファンが好む媒体のみならず、「i-D」「THE FACE」といったクラブ・カルチャー的でもある雑誌にもよく取り上げられるようになり、クールでトレンディーなポップ・アイコンとしてのイメージが定着した。

とはいえ、「デビュー」はこの年の「NME」年間ベスト・アルバムにおいて、ブー・ラドリーズ「ジャイアント・ステップス」、スウェード「スウェード」などを抑え、1位に選ばれてもいる。ミシェル・ゴンドリーが監督した摩訶不思議なミュージック・ビデオもとても良い。

422. Oblivious – Aztec Camera (1983)

アズテック・カメラのデビュー・アルバム「ハイ・ランド、ハード・レイン」といえば、ネオ・アコースティックの名盤として誰もが認めるところだろう。中心メンバーのロディ・フレイムはリリース当時まだ10代で、音楽的才能に満ち溢れているのみならず、美少年でもあるということでひじょうに人気があった。

シンセ・ポップ全盛の時代にアコースティックなサウンドが新しくも感じられたのだが、日本では涼しげでおしゃれな音楽としても聴かれていたような気がする。アルバムの1曲目に収録されたこの曲の邦題は「思い出のサニー・ビート」で、全英シングル・チャートでは最高18位を記録した。

個人的には当麻町から旭川の高校に汽車で通っていた友人からキッド・クレオール&ザ・ココナッツ「愉快にライフボード・パーティ」と一緒に借りて、楽しく聴いていた記憶がある。

421. Starman – David Bowie (1972)

デヴィッド・ボウイの代表作で人類滅亡の危機を救うために異星よりやって来たロックスターをテーマにしたコンセプトアルバム「ジギー・スターダスト」(当時の邦題は「屈折する星屑の上昇と下降、そして火星から来た蜘蛛の群」)から先行シングルとしてリリースされ、全英シングル・チャートで最高10位を記録した。

この架空のロックスター、ジギー・スターダストはバイセクシャルという設定であり、当時、デヴィッド・ボウイはこの役を完全に演じきっていたという。この時代の特にイギリスで大流行したグラム・ロックとは、凝り固まった旧来の男性性のようなものから人々の意識を自由にするものでもあったと思われ、それゆえに重要であり、その過激さが反発を招いてもいたようである。