The 500 Greatest Songs of All Time : 190-181

190. Some Might Say – Oasis (1995)

オアシスのアルバム「モーニング・グローリー」から先行シングルとしてリリースされ、全英シングル・チャートではバンドにとって初となる1位に輝いた。

ノエル・ギャラガーがマンチェスターからロンドンに引っ越して最初に書いた曲であり、初期ドラマーのトニー・マッキャロルが参加した最後の曲である。

グラント・リー・バッファロー「ファジー」やフェイセズなどの影響を受けていると言われている。サウンドやボーカル、すべてにおいて輝きに満ちていて、新しい時代の訪れを感じさせる。

189. Mr. Brightside – The Killers (2003)

ザ・キラーズのデビュー・シングルで、2004年に再リリースされた後、全米、全米、いずれのシングル・チャートでも最高10位を記録している。

ラスベガス出身のアメリカのバンドだが、イギリスのニュー・ウェイヴからの影響がこの頃には強く感じられる。実際にイギリスでひじょうに受けていて、全英シングル・チャートに何度も再登場するロングセラーになっている。

中心メンバーのブランドン・フラワーズがクラブに行くと付き合っていた女性が他の男性と親しげにしていた、という実話に基づく楽曲である。

188. The Real Slim Shady – Eminem (2000)

エミネムのアルバム「ザ・マーシャル・マザーズ・LP」から先行シングルとしてリリースされ、全米シングル・チャートで最高4位、全英シングル・チャートでは初の1位に輝いている。

ヒット曲を出すようにというプレッシャーの下で完成したというこの曲は、当時のポップ・カルチャーに対して全方面的にケンカを売っているようでありながら、それ自体がとてもキャッチーであり、実際に大ヒットもしてしまうという痛快さであった。

エミネムのクローンのような人たちはたくさん出てきたりもするミュージック・ビデオもとても良く、トリックスター的なポップアイコンぶりを際立たせてもいた。

187. Soon – My Bloody Valentine (1990)

マイ・ブラッディ・ヴァレンタインのEP「グライダー」の1曲目に収録され、イギリスのインディー・チャートで最高2位を記録した。後にアルバム「ラヴレス」(発売当時の邦題は「愛なき世代」)にも収録された。

グライダーと呼ばれる奏法を駆使したギターでありながらひじょうにユニークなサウンドと耽美的なボーカル、さらには当時のインディー・ダンス的なトレンドを反映するかのようなダンスビートの導入と、オリジナリティに溢れまくっている。

176. Royals – Lorde (2013)

ニュージーランド出身のシンガー・ソングライター、ロードのデビュー・シングルで、アメリカやイギリスなどのシングル・チャートにおいて1位に輝いた。ロードは当時まだ10代であり、1987年のティファニー「ふたりの世界」以降、最年少で全米NO.1ヒットを記録したアーティストとなった。

R&Bやヒップホップからの影響も実にナチュラルに取り入れたポップスであり、オルタナティヴな音楽を好みがちなリスナーをも納得させながら、メインストリームでもしっかり通用しまくるというところに新しさを感じたりもした。

175. That’ll Be the Day – The Crickets (1957)

ザ・クリケッツが1957年5月にリリースしたシングルで、全米、全英いずれのシングル・チャートでも1位に輝いた。バディ・ホリーが以前のバンドでレコーディングされた時にはレーベルから気に入ってもらえず、結局リリースはされていなかったという。

タイトルはジョン・ウェインが主演した映画「捜索者」で使われていたセリフに由来する。後にビートルズになるリバプールのスキッフル・バンド、クオリーメンが初めてレコーディングしたのが、この曲のカバーだったともいわれる。

174. Shipbuilding – Robert Wyatt (1982)

ロバート・ワイアットが1982年8月にリリースしたシングルで、8ヶ月に再リリースされた際に全英シングル・チャートで最高35位を記録している。

作詞はエルヴィス・コステロで、作曲がクライヴ・ランガーである。フォークランド紛争に出兵した兵士たちが命を落とすが、一方で戦争のおかげで造船業が盛況になるという皮肉がテーマになっている。

エルヴィス・コステロがアルバム「パンチ・ザ・クロック」に収録したセルフカバーバージョンも、チェット・ベイカーのトランペットも含めとても良い。スウェードも後にチャリティー・アルバムでこの曲をカバーしていた。

173. Beat It – Michael Jackson (1982)

マイケル・ジャクソンのアルバム「スリラー」からシングルカットされ、全米シングル・チャートで1位、全英シングル・チャートでは最高3位を記録した。

ハード・ロックファンのギターヒーロー、エドワード・ヴァン・ヘイレンのギターソロをフィーチャーしていることも話題になり、マイケル・ジャクソンの音楽がソウルやディスコのみならず、ロックのリスナーにも広く聴かれるきっかけにもなった。

初期のMTVは白人アーティストのビデオばかりを流していたというのだが、それを変えさせたという点でも功績は大きく、当時の日本の洋楽リスナーも「ベストヒットUSA」から録画したこの曲のミュージック・ビデオを何度も繰り返し見たものである。

172. The Sun Ain’t Gonna Shine Anymore – The Walker Brothers (1966)

ウォーカー・ブラザーズが1966年2月にリリースしたシングルで、全英シングル・チャートで1位に輝いた。邦題は「太陽はもう輝かない」である。

元々はフォー・シーズンズのフランキー・ヴァリに提供された楽曲だったがそれほど売れず、翌年にウォーカー・ブラザーズがカバーしたところ大ヒットしたようだ。

フィル・スペクターのウォール・オブ・サウンドから影響を受けていると思われ、愛を失った状態における孤独と絶望のようなものがドラマティックに表現されていてとても良い。大滝詠一「恋するカレン」はこの曲にもインスパイアされていると思われる。

日本ではアイドル的な人気も高かったようだ、というようなことをFM TOKYOのラジオ番組でスピッツの草野マサムネが「ミュージック・ライフ」のバックナンバーを見ながら言っていた。

171. The Drugs Don’t Work – The Verve (1997)

ザ・ヴァーヴのアルバム「アーバン・ヒムス」から先行シングルとしてリリースされ、全英シングル・チャートで1位に輝いた。

ブリットポップブームの真っ只中にメンバー間の確執によって解散したものの、やはりこのメンバーでなければいけないという結論に至り、再結成した後に作品である。

この曲の大ヒットの背景として、ダイアナ元妃の交通事故死によって悲しみに暮れる国民感情に、この悲痛なバラードが偶然にも寄り添ったこともあったのではないか、ともいわれる。