ティアーズ・フォー・フィアーズ「シーズ・オブ・ラヴ」

「シーズ・オブ・ラヴ」はティアーズ・フォー・フィアーズの3作目のアルバム「シーズ・オブ・ラヴ」から最初のシングルとしてリリースされた楽曲で、全英シングルチャートで最高5位、全米シングルチャートで最高2位のヒットを記録した。

邦題だとアルバムとシングルとでタイトルが同じなのだが、原題ではアルバムが「シーズ・オブ・ラヴ」、シングルが「ソウイング・ザ・シーズ・オブ・ラヴ」で「愛の種を蒔こう」というような意味になる。

イギリスのバースで結成されたティアーズ・フォー・フィアーズは心理学者、アーサー・ヤノフが提唱する心理療法からグループ名を取っていて、当初は繊細で内省的でもあるニューウェイブ的な音楽をやっていたのだが、2作目のアルバム「シャウト」でサウンドがダイナミックでメジャーな感じになり、アメリカでも大ブレイクを果たした。

デビューアルバム「ザ・ハーティング」は全英アルバムチャートで1位に輝いたものの、全米アルバムチャートでは最高73位だったのだが、「シャウト」は全英アルバムチャートで最高2位、全米アルバムチャートで1位、シングルカットされた「ルール・ザ・ワールド」「シャウト」も連続して全米シングルチャートで1位を記録した。

個人的には高校を卒業して東京で一人暮らしをはじめたばかりの頃に、池袋パルコでシンプル・マインズ「ドント・ユー?」とティアーズ・フォー・フィアーズ「ルール・ザ・ワールド」を聴いて、これこそが80年代のメジャーなサウンドだと感じたことが思い出される。

それはそうとして、「シーズ・オブ・ラヴ」がリリースされたのは「ルール・ザ・ワールド」などが大ヒットした約4年後の1989年で、ポップミュージック界のトレンドもそれなりに変わってはいた。

RUN-D.M.C.やビースティ・ボーイズのヒットやパブリック・エナミーがロック批評においても高評価を得るなどして、一般大衆にもすっかり浸透したことや、ジャネット・ジャクソンやホイットニー・ヒューストン、ボビー・ブラウンなどの大ブレイクによって、ヒットチャートの主流が新しいタイプのR&Bになっていたこと、ロックにおいてはカレッジロック的なR.E.M.が全米シングルチャートでも上位にランクインしてきたり、ガンズ・アンド・ローゼズのようなヘヴィメタル的なバンドが広く支持されはじめたことなどがその一部として挙げられる。

そして、ティアーズ・フォー・フィアーズが久々にリリースしたシングルはビートルズや1960年代のフラワーパワーを思わせるものであった。けして当時のトレンドの最先端というわけでは音楽的にはなかったのだが、デ・ラ・ソウル「3フィート・ハイ・アンド・ライジング」だとかイギリスのダンスミュージックにおけるムーブメントであるセカンドサマーオブラブなど、1960年代のフラワーパワー的な感覚は少し流行ってはいた。

「シャウト」から「シーズ・オブ・ラブ」の間に起こったことの1つとして、音楽を聴くためのソフトの主流がアナログレコードからCDに移行したということが挙げられるのだが、大きなトピックの1つとしてビートルズのカタログ総CD化というのもあった。それが確か1987年であり、メディアでもビートルズの過去の作品が取り上げられることが多くなった。

「シーズ・オブ・ラヴ」は1987年、イギリスで総選挙の結果、マーガレット・サッチャーと保守党が連続3期目の政権に就いたことに触発されて書かれたといわれ、「高尚な理想を掲げる政治家のおばあちゃん、大多数の人々がどう感じているのか分からないの?」というような歌詞はマーガレット・サッチャーのことだと思われる。

また、「スタイルを追い出してジャムを取り戻せ」というような歌詞もあるのだが、これは怒れる若者的なイメージでデビューしたポール・ウェラーが政治的メッセージが強いザ・ジャムを解散して、ソフィスティポップ的なザ・スタイル・カウンシルで活動していたことに対しての批判と解釈することもできるが、実際にはザ・スタイル・カウンシルもいろいろ政治的なテーマの楽曲はやっていたのnだった。

それはそうとして、この曲がリリースされた当時において、その理想はあまりにもナイーブすぎるのではないかというような批評もあったような気がするし、ミュージックビデオも含めた中期ビートルズからの影響はあまりにもあからさまで、ロック批評的にはそれほど成功していなかった印象もある。

とはいえ、その凝ったアレンジとキャッチーなメロディーには抗いがたい魅力があり、個人的にはコンビニエンスストアでのアルバイト中に繰り返し何度も聴かざるをえなかったにもかかわらずかなり気に入っていて、CDも買ってよく聴いていたのだった。

「シーズ・オブ・ラヴ」が全米シングルチャートで最高位の2位を記録した週の1位は4週目のジャネット・ジャクソン「ミス・ユー・マッチ」で、翌週には3位に落ちるのだが、「シーズ・オブ・ラヴ」も一緒に4位に落ちていて、1位にロクセット「リスン・トゥ・ユア・ハート」、2位にはニュー・キッズ・オン・ザ・ブロック「カヴァー・ガール」が上がってきている。