ロバート・パーマー「恋におぼれて」
「恋におぼれて」はロバート・パーマーのソロアーティストとしては8作目のアルバム「リップタイド」からシングルカットされ、全英シングルチャートで最高5位、全米シングルチャートでは1位を記録した。グラミー賞では最優秀レコード賞と最優秀楽曲賞にノミネートされ、最優秀男性ロックパフォーマンス賞を受賞している。
この楽曲といえばミュージックビデオがひじょうに印象的であり、ワイシャツにネクタイ姿で歌うロバート・パーマーの後ろでは全員が同じような服装やメイクをしたモデル風の女性たちによるバンドが演奏していることになっている。
しかし、バンドメンバー役の女性たちはいずれも楽器の弾き方を知らなかったらしく、演奏と動きとがかなりバラバラであるところがとても良い。基本的な指の動きなどを教えるためにミュージシャンが雇われたのだが、1時間後ぐらいにあきらめて帰ったというような話もある。
とにかく無表情で怖そうなのだが、この曲がリリースされた1985年ぐらいの気分にはハマっていたような気がする。個人的には当時、「リップタイド」のレコードを土曜日の夜の六本木ウェイヴでシャーデー「プロミス」と一緒に買ったことをなんとなく覚えているのだが、店頭ではフリージャズのミュージシャンたちがエントランスライブを行っていた。
「リップタイド」から最初のシングルとしてリリースされたのは「ディシプリン・オブ・ラヴ」で、これは全英シングルチャートで最高95位、全米シングルチャートで最高82位と大きなヒットにはなっていなかった。アルバムは高評価を得ていたのだが、このままいくとロバート・パーマーはこれまで通りに通好みのアーティストいうイメージのままだったかもしれない。
ロバート・パーマーは1960年代からいくつかのバンドで活動するのだが、特に有名なのがアイランドレコードと契約したソウルロックバンド、ヴィネガー・ジョーである。解散後はソロアーティストとしての活動をスタートさせるのだが、ソウル、ファンク、レゲエ、ニューウェイブなど様々なジャンルからの影響を貪欲に取り入れた音楽性には定評があって、「愛しき人々」「想い出のサマー・ナイト」といった、全米シングルチャートで20位以内に入るヒット曲もあった。
そして、1985年にはデュラン・デュランのジョン・テイラーとアンディ・テイラーがシックのトニー・トンプソンと結成したスーパーグループ、パワー・ステーションにボーカリストとして参加して、「サム・ライク・イット・ホット」やT・レックス「ゲット・イット・オン」のカバーバージョンをヒットさせ、知名度を上げるもののライブツアーを前に脱退し、それからソロアーティストとしてのアルバム「リップタイド」がリリースされた。
「ディシプリン・オブ・ラヴ」は知名度が上がったわりには売れなかったのだが、翌年にシングルカットされた「恋におぼれて」がインパクトが大きいミュージックビデオの影響もあって大ヒットする。この曲は元々、チャカ・カーンとのデュエットソングだったのだが、チャカ・カーンのレーベルから許可が下りずにボーカルを消してリリースすることになった。
「恋におぼれて」はグラミー賞の最優秀レコード賞にノミネートされるものの、惜しくも受賞は逃すわけだが、見事に受賞したスティーヴ・ウィンウッド「ハイヤー・ラヴ」にもチャカ・カーンはコーラスで参加していて、こちらは許可が下りたようであり、ボーカルもちゃんと残されている。
それはそうとして、「恋におぼれて」が大ヒットしたことによりロバート・パーマーは一般大衆的にもブレイクを果たし、「リップタイド」から次にシングルカットされた「ターン・ユー・オン」も全英シングルチャートで最高9位、全米シングルチャートで最高2位のヒットを記録した。
そして、1988年にリリースしたアルバム「HEAVY NOVA」はヘヴィメタルとボサノヴァを合わせたタイトルが話題になったが、最初のシングル「この愛にすべてを」では、「恋におぼれて」に続いてグラミー賞の最優秀男性ロックパフォーマンス賞を受賞した。
もはやすっかりメジャーアーティストの仲間入りという感じではあったのだが、やはり大きな役割を果たしたのは「恋におぼれて」であり、あの無表情なモデルたちによるバンドの存在も思い返され、「この愛にすべてを」のミュージックビデオにおいても同じようなことが行われている。