岡村靖幸「だいすき」【CLASSIC SONGS】
岡村靖幸の8枚目のシングル「だいすき」は1988年11月2日にリリースされ、オリコン週間シングルランキングで最高42位を記録した。2作目のアルバム「DATE」がわりと好評で注目度も高まってはいたのだが、それでもオリコン週間アルバムランキングでの最高位は42位であった。そして、「DATE」以降最初の新曲として発売されたシングル「聖書(バイブル)」がオリコン週間シングルランキングで、これもまた最高42位であった。それまでの最高位が「イケナイコトカイ」で記録した82位だったので、大きく更新したということになる。
「聖書(バイブル)」はバブル景気真っ只中の世相を反映し、妻帯者の中年男と関係を持つティーンエイジャーの女性をテーマにして、「きっと本当の恋じゃない 汚れてる 僕のほうがいいじゃない」と切実に歌うメッセージ性の強い楽曲であった。この年から販売が開始された8cmシングルCDのジャケットで岡村靖幸はペイズリー柄のジャケットとシャツを着て、パンツのポケットに手を入れている。ファンキーでありながらも、どこかダークで不穏なトーンが特徴的であり、それまでの音楽性からさらに進化していることを強く感じさせた。「だいすき」はそれから1ヶ月半も経たずにリリースされた。フォーマットはやはり8cmCDシングルである。
シンプルなタイトルがあらわしているように、岡村靖幸にしてはストレートすぎるくらいのラヴソングである。「ねえ 三週間 ハネムーンのふりをして旅に出よう」というフレーズには独特のセンスを感じるが、「もう劣等感ぶっとんじゃうぐらいに熱いくちづけ」と続くところが真骨頂といったところか。すべてが順調であり完璧に近いロマンスであるとすれば、まったく隙のない世界観の構築というのは舞台装置としても可能だとは思うのだが、ここで「劣等感」という単語を入れずにはいられないところがとても良い。
8cmシングルCDのジャケットで岡村靖幸は白のシャツを着て、爽やかそうに微笑んでいる。そして、「ホンダNEWトゥデイCMソング」とも記されている。「かなり可愛い車さ 海辺が見えるよ もうすぐ」というフレーズはそれに合わせたものだと思われ、ホンダNEWトゥデイはボンネットバンの軽自動車であった。1987年のシングル「Dog Days」においては「車のない男には興味がないわ あきらめて出直して勉強でもしてて」などと言われ、無残にも振られていたわけだが、いまやドライブデートをテーマにした新曲である。バブル景気の真っ只中で、日本国民は平均的に豊かになっていたので、若者でも車を持っていないとデートにも誘えない、というような風潮がなんとなくできてきてもいた。せっかく車を買ったまではいいのだが、女性から便利な運転手代わりに使われるだけの男性は「アッシーくん」などと呼ばれてもいた(他には「メッシーくん」「ミツグくん」などがあり、意味合いは想像の通りである)。
とにかくテーマは「君が大好き」ということに尽きるわけだが、比較対象として「甘いチョコ」や「赤いワイン」が挙げられている。「赤のブーツとやけにすれすれのミニ 好みに応じて」というフレーズからはじまるこの曲には初めから赤のイメージがあるわけだが、さらに赤いワインであり、車もおそらく赤である。そして、子供の声によるコーラスなどを多用することによって、曲全体のムードがセクシーになりすぎることなく、恋愛のピュアなときめきのようなものが保持されているようにも思える。
雨が降った後、実際の空か心の中かは定かではないが、まるで日差しが射してきたかのような情景を想像させてくれる間奏の後、「髪が濡れた横顔にほほをよせたら綺麗なぬくもり」というフレーズが続く。この「ぬくもり」を「綺麗」と形容しているあたりの感覚も素晴らしい。
岡村靖幸の音楽の良さというのは、もっといろいろと複雑なところにもあるわけだが、シンプルにポップでキャッチーな方向に振り切ったとしても、それはそれでかなり良いということを証明するような楽曲である。「女の子のために今日は歌うよ」というぐらいで、この「だいすき」は女の子向けのシングルとされてもいて、この次のシングル「ラブ タンバリン」は「男の子なら絶対に誤魔化しちゃだめさ 苦しく切ない想いだけは」というわけで、男の子向けのシングルであった。そして、これらのシングルを収録したアルバム「靖幸」はとてつもない作品となり、オリコン週間アルバムランキングでも最高4位と、いよいよ一般大衆的にもブレイクしていくことになる。