仲井戸麗市「THE 仲井戸麗市 BOOK」【Classic Albums】

RCサクセションのギタリストとして大人気だった仲井戸麗市の初のソロアルバム「THE 仲井戸麗市 BOOK」は、1985年8月31日にリリースされた。RCサクセションのアルバムにも仲井戸麗市が作詞・作曲をし、リードボーカルを取った曲はいくつか収録されていたのだが、このアルバムに収録された曲にはよりプライベートなムードが漂っていて、RCサクセションのギタリストというよりはシンガーソングライターのアルバムとして、ひじょうに聴きごたえがあったことが思い出される。また、曲のタイプもバラエティーに富み、独特なポップ感覚が感じられるところもとても良かった。歌詞にも皮肉や風刺が効いていたり、インドア派的な感覚が強調されていたりと、個性が反映されていながらもポップスとしての強度もかなりのものという、なかなか素晴らしいアルバムである。

まず1曲目の「別人」なのだが、まず最初の歌詞が「俺の脳ミソ レヴォリューション ぶちこめ最強ミサイル ひとっかけらもなく木っ端微塵」である。「Oh! 俺は別人」というのは革命への理想をあらわしているようにも思えるが、それが脳内の妄想に過ぎないものであることも同時にあらわしているようにも感じられる。このような熱くてクールな感じというのがこのアルバム全体に漂っていて、そこがとても良いと思うのである。そして、2曲目の「カビ」はよりミニマルな感じのポップスなのだが、80年代的な便利で豊かな生活に流されていく自分自身を揶揄しているようなところもあり、「カビの生え出す頭 カドの取れ出す顔」というフレーズが印象的であ。そして、「カビ」は「黴(かび)」であるだけではなく、「華美」や「過美」でもあって、「美し過ぎて君がこわい」と急に野口五郎「君が美しすぎて」を思わせもするラヴソングに転じて、ハッとさせられもする。

続く「BGM」は仲井戸麗市の皮肉と風刺の真骨頂ともいえる楽曲で、「ポップスを書かねえと ポップスを唄わねえと 甘いメロディー とろける節まわし」などと歌われる。さらには「ドライブがてらに心地の良いポップス」とか「夏に浜辺 冬にゲレンデ」とか「恋人達へステキなBGM」とか、これらはまさにシティ・ポップのことではないだろうか。「さみしさ売って情けを買おう まじめはみじめ 明るい振舞い 醜さ隠して綺麗にやろう」という辺りもとても良い。

「ティーンエイジャー」はどこかノスタルジックなフィーリングのラヴソングであり、「夏ならおまえはサーファーガール 俺は無理してビーチボーイ」というフレーズもある。そして、「学校は卒業したけれど ハッピーバースデイは重ねているけど 何を卒業したんだ……」と、この年の初めにリリースされた尾崎豊「卒業」とほとんど同じことが歌われている。続く「秘密」においても同じようなムードは続いていて、レゲエ的なリズムにのせて「Ah おまえを愛してる」と歌われるストレートなラヴソングなのだが、「隠れ蓑を着よう 口裏合わせよう 奥歯に物を挟んでしゃべろう」などと一般的にはネガティヴなフレーズが親密さをあらわす意味合いで用いられているなど一筋縄ではいかないところがとても良い。

アナログレコードではA面の最後に収録されていた「打破」には「別人」と近いテイストも感じられ、ボーカルスタイルもなかなかに不穏でとても良い。それでいて、テレヴィジョン「フリクション」的なフィーリングがあったり、「欲しいものは手に入るし 欲しくねーものも目に入る 沁み込んでる贅沢三昧」というような物言い、最後の「いい加減 打破 打破 打破」というフレーズはこのアルバムではそのままなのだが、この翌年にリリースされたRCサクセションのライブアルバム「the TEARS OF a CLOWN」に収録されたバージョンでは、「ダハハハハ」という笑い声のように終わっていてカッコよかった。

アナログレコードではB面の1曲目に収録された「早く帰りたい PART Ⅱ」は、RCサクセションのアルバムに収録された仲井戸麗市の曲にかなり近い感じでもあるのだが、もちろん忌野清志郎がコーラスで参加していることもひじょうに大きい。ローリング・ストーンズ「メインストリートのならず者」を思わせるフレーズもあり、社会批評的なテイストも感じられながら、結局は「Ah! 早く帰りたい」という心の叫びが最も印象に残り、もちろんそうに違いないという気分にさせる。そして、次の「My house」においては曲のタイプこそガラッと変わり、大人っぽく洒落た感じになっているのだが、「狭いながらも楽しい我が家さ まして二人なら」「ここでこそ俺は まして自由の身さ」などと、結局は家にいたいということが歌われていて、強く共感することができる。「バイバイ世の中 ハロー スウィートマイホーム 社会もへったくれもねぇ」に至っては痛快ですらあるのだが、最終的に「おまえの胸で眠ればいい」とラヴソングに帰着させているところもすごい。そして、「バラを持って帰ると喜ぶなら いつか花屋と顔なじみさ」「みんな思い出になるくらい 一緒に出かけよう」というフレーズが印象的な「月夜のハイウェイドライブ」もとても良い。この曲は仲井戸麗市によって作詞・作曲されているのだが、メロディーに忌野清志郎のボーカルが想像できるところなどもあり、やはり影響され合っているのだろうかと感じたりもした。

そして、シングルカットもされた「ONE NITE BLUES」である。このアルバムが発売される20日前にあたる1985年8月11日に、RCサクセションは埼玉県所沢市の西武ライオンズ球場でライブを行っていた。昼間は雨が降っていたのだが、ライブがはじまる頃には上がっていたような気がする。この時に仲井戸麗市が発売前で、おそらくほとんどの客が初めて聴いたであろう「ONE NITE BLUES」を演奏したのだが、あまりにブルージーすぎて軽く衝撃を受けたうえに、早くレコードを手に入れたいと思っていた。「大磯まで逃げられりゃ 逃げきれるはずなのに」「久里浜年少 ONE NITE BLUES」などと歌われていたので、おそらくローカルかつ不良少年的なテーマが歌われている。「年少」とは一般的には年が若かったり幼いことを指すわけだが、この場合は少年院のことであろう。そして、久里浜少年院は神奈川県に実在する。そして、アルバムはインストゥルメンタル曲「さらば夏の日’64 AUG」で終わる。このアルバムはどの季節に聴いてもとても良いのだが、やはり夏の終わりが最もふさわしいなと実感させられるのであった。