Mrs. GREEN APPLE「ANTENNA」【Album Review】
Mrs. GREEN APPLEの5作目のオリジナルアルバム「ANTENNA」がリリースされた。現在、日本の若者たちを中心に絶大な支持を得ているバンドのうちの1つである。Apple Musicの日本におけるデイリートップ100を見ると、今回のアルバムにも収録された「ケセラセラ」が6位、「Magic」が8位、「Soranji」が16位にランクインしているのみならず、「青と夏」「ダンスホール」といった人気曲もそれぞれ9位と14位に入っていて、トップ20のうちの4分の1をこのバンドの楽曲が占めているという状況である。
このバンドの魅力は一体どこにあるのかというと、とにかくポップでキャッチーなサウンドやメロディー、全作詞・作曲も手がけるフロントマン、大森元貴の素晴らしいボーカル、そして、現在の若者の日常に寄り添い、刺さりもするような歌詞といったところだろうか。
2013年に結成されたバンドは5人組として活動をしていたが、人気絶頂であった2020年に一旦は活動を休止し、フェーズ1を完結させた。その後、大森元基のソロ活動なども経て、2022年にフェーズ2としての活動を再開させた。この時点で2人のメンバーが脱退し、バンドは3人組となった。今回の「ANTENNA」はバンドがフェーズ2に移行してから最初のオリジナルアルバムということになる(ミニアルバム「Unity」はリリースされていたが)。
ヒット曲の数々をカジュアルに聴いているだけの段階では、その卓越したポップセンスに間違いはないものの、いまひとつ実態がつかみ切れないようなところもあった。楽曲のタイプがあまりにもバラエティーにとんでいたことなども、その原因の1つだったように思える。それでもこれだけ熱烈に支持をされているということも含め、何となく気になり、しかももうじきニューアルバムもリリースされるということで、そのうちちゃんと聴いておかなければいけないのではないか、となんとなく思っていた。
そんな時、たまたま知り合った男子大学生がこのバンドの大ファンだという。7年間ぐらいずっと聴いていて、ライブに行ったりCDもすべて買っているという。CDのことは円盤といっていた。この時点ではMrs. GREEN APPLEのことをキャッチーなポップバンドとしてしか認識していなかったため、正直いってどのような人たちが熱烈に支持しているのか、想像がついていないようなところもあった。それがまさにいま目の前に現れたのである。
それでいろいろ聞いてみたのだが、彼は見た目がシュッとしていていまどきの若者らしい爽やかさを感じさせるものの、このバンドのことになるとひじょうに熱く語りはじめ、その熱量がなんだかとても好ましく感じられた。そして、このバンドの最大の魅力はおそらくポップでキャッチーなところでもあるのだが、実はそれだけではなく、深い悲しみなどにも寄り添った、心の深いところに訴えかけてくるような表現もひじょうに多く、そこがとても好きというか必要としているところだというのだ。
自分自身が若かりし頃に入れ込んだアーティストやバンドのことを考えても、おそらくそのような感じで好きというか必要としていた記憶があるので、これには大いに納得がいった。その後、おすすめであったり個人的な楽曲についても聞かせてもらった。「Just a Friend」という楽曲の話題をきっかけに、恋愛においても友達以上恋人未満ぐらいのキュンキュンする感じがたまらなく良い、というような恋愛談義のようなものまで、自分の息子であってもまったくおかしくはないような年代のシュッとした男子大学生とすることもできて、実に有意義な時間だったということができる。
そんなわけでわりと楽しみにしていたり、そうはいってもいまどきの若者向けのバンドであることには間違いがなく、その良さを自分のようなものがどれぐらい理解することができるのだろうか、などといろいろな思いはあったものの、思っていたよりも少し早く聴くことができる状態になったので、とりあえず聴いてみることにした。というか、許される限り何度かリピートして聴き続けた。
音楽的に想像していた以上にいろいろバラエティーにとんだことを深いレベルでやっているし、いろいろしんどい時代であるという現状を認識しながらも、それを生きていく世代としてのポジティヴィティー、それだけではなく、その裏側にあるリアルな悲しみや心の闇にまで迫った歌詞の世界など、このバンドが現在の若者たちからここまで支持されている理由が少しは理解できたような気もした。
1曲目にしてタイトルトラックの「ANTENNA」がいきなりギターロックで、それでもシンセサイザーが入っていたりして一筋縄ではいかないのだが、歌詞が「Boys and Girls」からはじまるという覚悟を感じた。イントロは何らかの電波を受信しているかのような気分を味わわせてくれる。自分のようなオールドピープルにとって、「ANTENNA」といえばラジオやテレビや携帯電話機のそれを求める電波を受信しやすいように伸ばしたり方向を変えたりした経験が実際にあるのだが、現在のこのバンドのリスナーにおいては、そのような経験をしている人たちはひじょうに少ないように思え、おそらくは概念としてのそれなのであろう。
ポジティブなことを歌ってはいるのだが、けして普通にしていても無邪気にそうは生きられないという現状認識がしっかりと感じられ、そこにすごいことをやっているな、と素直に感心させられる。「愛してるよ ホープレス」という言い回しの真意にはいくつかの解釈が可能だとは思うのだが、おそらくはその切実さに早くも泣けてきたりはする。
そして、アルバムの2曲目が先行シングルとしてリリースもされていた「Magic」なのだが、このバンドの音楽性がひじょうに懐が深いものだと知った後だからこそ、コカコーラのキャンペーンソングにも起用されたというこの楽曲のポップでキャッチーさを尊いものとして認識することができる。
ケルト音楽的ともいえる要素をイントロなどでも打ち出したりしながら、基本的にはシンセポップ的であり、ハイトーンだったりファルセット気味になったりしがちなのだが、けして暑苦しくはなく、繊細で清涼感のあるボーカルの魅力がフルに生かされているように感じられる。2023年上半期にリリースされた全シングルの中で、YOASOBI「アイドル」の次ぐらいに好きなのではないかと、現時点ではリアルに感じている。
Mrs. GREEN APPLEのリスナーに伝わる可能性はひじょうに低いとは思うのだが、ドリーム・アカデミー「ライフ・イン・ア・ノーザン・タウン」に通じる感覚もあり、個人的には今後もおそらく聴けば聴くほど好きになるのだろうという予感がひじょうにしている。
その次の「私は最強」はアニメ映画「ONE PIECE FILM RED」の劇中歌として登場キャラクター、ウタの歌唱パートを担当したAdoに提供した楽曲のセルフカバーである。キャラクターに寄せて書かれた楽曲だとは想像できるのだが、これがMrs. GREEN APPLEの楽曲となった場合、そのボーカリストなりアーティストとして引き受けるというか担っていくべき立場に対しての決意表明のようにも聴こえ、神々しささえ漂っている。そして、ボーカルの表現力の多彩さも堪能することができる楽曲となっている。
「Blizzard」はいわゆるベッドルームポップ的ともいうべき楽曲であり、このアルバムに収録された曲の中ではミニマルであるだけに興味深い。わりと大きめなメッセージソング的な楽曲もありながら、このような表現もできてしまうというところに深みを感じずにはいられない。はっきりと言い切ってはいなく、いろいろと悩んだり疑ったりしているような感じがとても良く、これこそがバンドにとっての真骨頂というタイプの楽曲ではもちろんないのだが、個人的にはかなり好きであり、アルバムの曲順でここに収録されているという感覚も絶妙である。
というのも、この次がヒット曲の「ケセラセラ」である。タイトルはなるようになる、というような意味であり、ポップ・ミュージック史においてはドリス・デイなどがかつて歌った同じタイトルのスタンダードナンバーで有名だったりはする。しかし、意味の濃さというのか種類が以前とはまったく異なっていて、おそらく現在の日本に生きる若者たちにとってリアリティーが感じられるタイプの表現によって、この常套句(クリシェ)が復活を遂げている。
そして、アルバム全13曲中6曲目にして、映画「ラーゲリより愛を込めて」の主題歌として、2022年の夏にシングルとしてリリースされていた名曲「Soranji」である。この時点ですでにアルバム1枚分を聴き尽くしたかのような情報量にして満足感なのだが、この後にまだまだ続いていく。
とにかく不安ベースの現代であり、たとえば生命を絶ってしまいたいと感じることすら、以前に比べるとわりとカジュアルで普通にありうる。ある世代以上の大人たちにとってはよく分からないかもしれなくはあるのだが、いろいろな理由で同世代の人たちの中では若者たちとも交流がある方である自分にとっては、何となくその感じが少しは分かる。
そのような現在において、必要とされるタイプのメッセージソングであると感じられると同時に、音楽として単純にとても良い。ボーカルの素晴らしさがフルに生かされているともいえる。自分自身は嫌なタイプの大人として不承不承という態度を着こなして生きていくスタイルなどを身につけてしまうほど薄よごれてしまっているのだが、この曲によって救われる魂もあるのだろうという想像はかろうじてできる。
ここからさらに今回のアルバムによって初めて発表された7曲が続き、「Loneeliness」は「死にたい今日も仕方がないでしょう?」という歌詞ではじまり、話には聞いていたのだが実際にここまで抉っているのかとか、このようなテーマもけして煽情的にではなく、リアルな日常として描写しているところがすごいと感じさせる。
「norn」は歌詞が日本語ではなく、おそらくギリシャ語か何かではないかと思われるのだが、とにかくただただ美しい。「橙」はノスタルジックでありながらも未来への希望を歌い、「Doodle」ではこの時代についてしたり顔で否定的な見解を述べる人々に対し、異議申し立てを行い、あくまでこれからの未来を生きていく世代という立場でのポジティビティーを表現している。
「BFF」はシンプルな伴奏をバックにした純粋なラヴソングであり、大森元貴のボーカリストとしての魅力がよりヴィヴィッドに感じられる。アルバムのラストに収録された「Feeling」は悲しみに寄り添いながらも、等身大的にして温かくて強い励ましが歌われている。アルバム全体として情報量も熱量もかなり高めなのだが、終盤がこのような楽曲たちで爽やかに締められていることにより、また1曲目から聴き直してみよう、という気分にもさせる。
現在のメインストリームの邦楽ポップ・ミュージックとして、おそらくひじょうにクオリティーが高く、必然性があって支持されているように思える。そして、いろいろとけして順調だとはいえないことだらけの現在において、そのような現実を認識しながらも、これからの未来をタフに生きていこうというメッセージを伝える手段として、ポップでキャッチーな音楽を用いるこのバンドの社会的意義はひじょうに高く、「ANTENNA」はその魅力を分かりやすく伝える素晴らしいアルバムである。