リーグ・アンリミテッド・オーケストラ「ラヴ・アンド・ダンシング」について。

1982年8月28日付の全英アルバム・チャートを見てみると、1位はザ・キッズ・フロム・「フェーム」の「ザ・キッズ・フロム・『フェーム』」である。これは当時、イギリスで大ヒットしたアメリカのテレビドラマ「フェーム」の出演者による楽曲が収録されたアルバムらしく、12週間も1位になっていたという。このドラマのベースとなったのは1980年に公開されたアラン・パーカー監督の映画なのだが、この作品からはアイリーン・キャラの「フェーム」がヒットし、これをピンク・レディーが「リメンバー(フェーム)」としてカバーしたが、オリコン週間シングルランキングでの最高位は86位であった。

それで全英アルバム・チャートに戻ると、その週の2位はデキシーズ・ミッドナイト・ランナーズ「女の泪はワザモンだ!!」であり、収録曲の「カモン・アイリーン」も「ロッキー3」の主題歌として世界的にヒットしたサバイバー「アイ・オブ・ザ・タイガー」を抑えて1位とノリにノッていた。3位のキッド・クレオール&ザ・ココナッツ「トロピカル・ギャングスターズ」に続いて、4位にはリーグ・アンリミテッド・オーケストラの「ラヴ・アンド・ダンシング」がランクインしている。このアルバムはこの年の7月17日付で4位に初登場した後、トップ3にも2度入りながら、7週間にわたって4位以内をキープし続けていた。つまり、かなり売れていたわけだが、アーティスト名は一般的に馴染みがないものである。そして、その実態はヒューマン・リーグ「デアー」のリミックスアルバムである。ちなみにアルバム「デアー」は全英、全米のシングル・チャートで1位に輝いた「愛の残り火」を収録するアルバムだが、リリース時の邦題は「ラヴ・アクション」であった。シングル・カットされヒットもした収録曲のタイトルから取られているのだが、いつの間にか原題と同じ「デアー」になっていた。

「ラヴ・アンド・ダンシング」は「デアー」の共同プロデューサーであったマーティン・ラシェントによってリミックスされた音源を収録したアルバムだが、当初、バンドやレーベルはリリースに乗り気ではなかったという。この少し前にはソフト・セル「ノンストップ・エロティック・キャバレー」のリミックス・アルバムである「ノンストップ・エクスタティック・ダンシング」(全英アルバム・チャートで最高6位を記録した)がリリースされていて、こういったタイプのアルバムのコンセプトが理解されてもいたのだろうか。

ソフト・セル「汚れなき愛」とヒューマン・リーグ「愛の残り火」といえばいずれも1981年に全英シングル・チャートで1位に輝き、イギリスではシンセ・ポップがひじょうに盛り上がっているということを印象づけたのだが、一方、アメリカでは産業ロックが全盛であった。この年のアメリカとイギリスのヒット・チャートを比較すると、ヒットしていた曲にかなり違いがあったことが分かる。ところがこの2年後ぐらいには、マイケル・ジャクソン、デュラン・デュラン、カルチャー・クラブなど、似たようなアーティストの曲がヒットしているようになる。この間に何があったかというと、1981年に開局した音楽専門ケーブルテレビチャンネル、MTVの流行とそれも強く影響した第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンである。全英シングル・チャートで1位に輝いた翌年の1982年、ヒューマン・リーグ「愛の残り火」は全米シングル・チャートでも1位、ソフト・セル「汚れなき愛」は最高8位でロングヒットを記録した。第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンが本格的に盛り上がるきっかけとなったようにも思える。

ヒューマン・リーグ「愛の残り火」というのはシンセサイザーとドラム・マシンが主体のサウンドにニュー・ウェイヴ的なボーカルスタイル、それでいて内容は色恋沙汰をテーマにした男女デュエットというなかなかユニークなものであり、それまでの全米NO.1ヒットにはなかなか無いパターンであった。この曲の大ヒットにはMTVの影響が大きいのではないかと推測していたのだが、ニューヨークのソウル・ミュージック主体のラジオ局で「デアー」収録曲はエレクトロ・ファンク的な音楽として好評だったという話もあるようである。「デアー」の共同プロデューサーであったマーティン・ラシェントはヒューマン・リーグの音楽のこのような側面に着目し、リミックスを制作することになったのだが、グランドマスター・フラッシュのヒップホップ・サウンドからも影響を受けたようである。アフリカ・バンバータ&ザ・ソウルソニック・フォースがクラフトワーク「ヨーロッパ特急」を引用した「プラネット・ロック」をリリースしたのも、この年であった。

サンプラーなどはまだ普及していなかったため、リミックスにはテープの切り貼りなど、アナログ的な手作業が多く生じたという。サウンドは新しいのだが、編集に人間味が感じられるような気もして、そこがなんだかたまらなく良い。ボーカルは素材としてところどころで加工たりして使われてもいるのだが、ほとんどがインストゥルメンタル曲といっても良いような状態で収録されている。「愛の残り火」「ラヴ・アクション」といったヒット曲についてもである。実験性とポップ感覚が程よいバランスで拮抗していて、実は「デアー」よりも良いのではないかという意見が比較的多いというのも、逆張りなどではないのだろうと思える。ヒット作に便乗した安易な企画ものと誤解されやすくもあるのではないかとも思えるのだが、実際に聴いてみるとそこには必然性と感動的なまでの熱量のようなものが感じられるし、これだけヒットしたことにも納得がいく。

その後、リミックス・アルバムという概念は一般的になっていくが、それにあたってこのアルバムがパイオニアとして果たした役割は大きかったかもしれない。とはいえ、当時、高校生だった私は「デアー」のレコードは買ってよく聴いていたのだが、このリミックス・アルバムの存在は知らなかったし、ましてや全英アルバム・チャートで最高3位を記録するほどのヒットを記録していたことには驚きすら覚えた。当時の日本の音楽ファンの一般的な反応はどのようなものだったのだろう。

ちなみに、リーグ・アンリミテッド・オーケストラというアーティスト名は、1970年代に「愛のテーマ」を大ヒットさせた、バリー・ホワイトのラヴ・アンリミテッド・オーケストラにちなんだものであろう。日本ではあみんの「待つわ」が大ヒットの兆しを見せはじめていた。