フリートウッド・マック「ドリームス」

1977年6月18日付の全米シングル・チャートでは、フリートウッド・マック「ドリームス」がKC&ザ・サンシャイン・バンド「ブギー・マン」にかわって1位に輝くのだが、翌週にはマーヴィン・ゲイ「黒い夜[パート1]」にその座を明け渡すことになる。その後、ビル・コンティ「ロッキーのテーマ」、アラン・オデイ「アンダーカヴァー・エンジェル」、ショーン・キャシディ「ダ・ドゥー・ロン・ロン」、バリー・マニロウ「想い出のなかに」と1週限りの全米NO.1ヒットが1ヶ月以上続くのだが、次のアンディ・ギブ「恋のときめき」はエモーションズ「ベスト・オブ・マイ・ラブ」に抜かれるまで、3週連続1位を記録した。「ドリームス」は、フリートウッド・マックにとって唯一の全米NO.1ヒットである。

とはいえ、この曲を収録したアルバム「噂」は売れに売れ、全米アルバム・チャートで合計31週にわたって1位を記録していた。ものすごく売れていただけではなく、ポップ・ミュージック史に残る名盤として評価が定まっている「噂」だが、メンバー間の人間関係が正直しんどい環境の中で制作されたことでもよく知られがちである。その緊張感こそが素晴らしい音楽をつくったのではないか、という説もあったりはする。バンド内に2組のカップルがいて、いずれもが別れの泥沼にハマり、同じバンドのメンバーとは付き合っていなかった1人も妻との離婚を経験するというタイミングでのレコーディングだったようだ。フリートウッド・マックのすごいところは、バンドにソングライターやボーカリストが複数いるところでもあるのだが、それゆえにそれぞれ個別に創作活動を行う時間もわりと取れたことも良かったのかもしれない。

「噂」から1976年12月に先行シングルとしてリリースされ、全米シングル・チャートで最高10位を記録した「オウン・ウェイ」は、リンジー・バッキンガムによる別れた恋人に対して、君の道を行きなよというようなことを歌っている曲で、明らかに元恋人のスティーヴィー・ニックスに宛てたものである。こういったタイプのポップソングはわりとありがちだが、歌われている当の本人が同じバンドで演奏しているというケースはあまり無いのではないだろうか。この曲のビデオではリンジー・バッキンガムがエモーショナルにこの曲を歌っているのだが、タンバリンを叩いたりコーラスをつけたりしているスティーヴィー・ニックスは涙ぐんでいるように見えなくもない。

リンジー・バッキンガムが自分に宛てたであろう「オウン・ウェイ」をレコーディング・セッションに持ってきたことについて、スティーヴィー・ニックスは快く思ってはいなかったという。それで、「ドリームス」にはアンサーソング的な反撃の意味合いもあったのだろうか。この曲は1976年の初めにカリフォルニア州サウサリートのレコード・プラント・スタジオで、スティーヴィー・ニックスによってつくられた。ある日、メインのスタジオには呼ばれていなかったので、フェンダー・ローズのピアノと一緒に別の場所に移動したのだが、そこはスライ・ストーンのスタジオだったという。黒と赤の部屋でピアノや大きな黒いベルベットのベッドもあり、ヴィクトリア朝のドレープが掛かっていた。

スティーヴィー・ニックスはベッドに腰かけ、リズム・パターンに合わせてピアノを弾いて、10分程度で「ドリームス」は出来上がったという。ダンス・ビートに乗せて曲が書けたことは、スティーヴィー・ニックス自身にとっても画期的だったようだ。他のメンバーの反応はそれほど芳しくはなかっのだが、スティーヴィー・ニックスはとにかくレコーディングすることを主張し、他のメンバーからのアイデアなども加わって、現在知られている「ドリームス」が完成した。歌詞の内容は関係が終わろうとしている状況に際し、正気を失いかけている恋人を冷静にたしなめているようでもある。「オウン・ウェイ」のエモーショナルな感じと比較してみるのも、味わい深くて乙なものである。トップクラスに素晴らしいポップ・ミュージックをつくっていながらも、このようなゴシップやメロドラマ的な状況にもあったのが当時のフリートウッド・マックだったというわけである。「ドリームス」は「噂」から2枚目のシングルとしてカットされ、全米シングル・チャートで1位に輝いた。

個人的な話になるのだが、「ドリームス」がヒットしていた頃には小学生で、ピンク・レディー「渚のシンドバッド」や沢田研二「勝手にしやがれ」がヒットしていたことはもちろん知っていたものの、フリートウッド・マックのことなどはまったく存じ上げなかった。しかし、後に洋楽を主体的に聴くようになり、しばらくすると新作だけではなく過去の名盤などを聴いていくうちに、フリートウッド・マックの「噂」も聴くことになるのだが、「ドリームス」にはなんとなく懐かしさも感じた。当時はラジオを聴きまくりはじめてもいたため、おそらくそれと知らずにこの曲も耳にしていたに違いない。そして、スティーヴィー・ニックスがリズム・パターンに乗せてこの曲をつくったというエピソードが、ラジオフレンドリーでクロスオーヴァーヒット的にもなる要因だったのではないかと考える。

「ドリームス」がヒットしてから43年後にあたる2020年、とある男性がTikTokに投稿した動画では、フリーウェイを清涼飲料水のようなものを飲みながらスケートボードで滑走するBGMにこの曲が使われていて、一部は口パクことリップシンクで歌われてもいた。これがいわゆるバズったこともあり、「ドリームス」がリバイバルヒットし、SpotifyやApple Musicのストリーミング・チャートに入ったり、全米シングル・チャートで12位まで上がったりもした。これもスティーヴィー・ニックスがこの曲をリズム・パターンに乗せてつくったことにより、AOR/ヨット・ロック的な感覚でも親しみやすかったことが大きかったのではないかというような気もする。このリバイバルの影響もあってか、「ローリング・ストーン」誌が2021年に発表したオールタイム・グレイテスト・ソングのリストにおいては、「ドリームス」がビーチ・ボーイズ「神のみぞ知る」やローリング・ストーンズ「ギミー・シェルター」などよりも上位の9位に選ばれるという、なかなかすごいことになっていた。