ドナ・サマー「アイ・フィール・ラヴ」

ドナ・サマーのシングル「アイ・フィール・ラヴ」は1977年7月2日にリリースされ、全英シングル・チャートで1位、全米シングル・チャートでは最高6位のヒットを記録した。1979年あたりの時点ではディスコの女王として日本でもそれほど洋楽を主体的に聴いていない人たちにまでよく知られていたような印象があり、最もポピュラーな曲といえば「ホット・スタッフ」なのかもしれないのだが、ポップ・ミュージック史上の重要曲として知られているのはこの「アイ・フィール・ラヴ」の方である。「NME」が2004年に発表した歴代ベスト・ソング500曲的なリストでは、ニルヴァーナ「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」、ジョイ・ディヴィジョン「ラヴ・ウィル・テア・アス・アパート」に次ぐ3位に選ばれていた。

この曲のどこがそんなにすごいのかというと、プロデューサーであるジョルジオ・モロダーのシンセ・サウンドがディスコソングであるのみならず、後のシンセ・ポップやテクノ・ポップ、ハイ・エナジーやエレクトロニカにまで影響をあたえたとされているからである。ドナ・サマーはアメリカのマサチューセッツ州ボストン近郊の出身なのだが、高校を卒業する前日にニューヨークに出て、ロックバンドのボーカリストとして活動をしていた。その後、バンドは解散するのだが、ドイツのミュンヘンにわたりミュージカルに出演するなどしているうちにジョルジオ・モロダーと出会い、一緒に音楽をつくるようになったという。

ジョルジオ・モロダーがモーグ・シンセサイザーでつくった「アイ・フィール・ラヴ」を最初に聴いた時、ドナ・サマーはなんだかよく分からなかったらしいのだが、これが後にポップ・ミュージック史の重要曲として知られるようになっていく。サウンドは確かに当時としては斬新だったのではないかと思えるのだが、一般的なポップソングとしては同じフレーズが反復的に繰り返され、やや単調だとも思われかねない。けしてシングル向きではなかったのではないかと思われるのだが、当初はアルバム「アイ・リメンバー・イエスタデイ」からの先行シングル「貴方のひざで」のB面としてリリースされたのだという。この「アイ・リメンバー・イエスタデイ」というのはコンセプト・アルバムになっていて、様々な時代を感じさせる楽曲が時系列順に収録されている。たとえば1曲目の「アイ・リメンバー・イエスタデイ」はビッグバンド・ジャズ、3曲目の「バック・イン・ラヴ・アゲイン」はモータウンというかダイアナ・ロス&ザ・シュープリームスなどを思わせたりするのだが、アルバムの最後に収録された「アイ・フィール・ラヴ」は未来の音楽をイメージしている。実際にこれ以降は「アイ・フィール・ラヴ」に影響を受けたようなポップソングが数多く登場するようになるのだから、この予見は大当たりだったといえる。

この「アイ・フィール・ラヴ」にまつわるエピソードとして、ジョルジオ・モルダーが映画「スター・ウォーズ」を見ていて、酒場のシーンで流れる音楽が映像は未来的なのにもかかわらずまったく未来的には感じられなかったので、それではどのような音楽なら相応しいのだろうと考えたことが影響した、というものがある。しかし、映画「スター・ウォーズ」のアメリカでの公開は1977年5月25日であり、「アイ・フィール・ラヴ」をB面に収録したドナ・サマーのシングル「貴方のひざで」の発売よりも後である。デヴィッド・ボウイはいわゆるベルリン3部作などを制作していた時期にあたるのだが、プロデューサーのブライアン・イーノが「アイ・フィール・ラヴ」のことを未来の音楽だと興奮気味に語っていたことを証言している。

この曲もやはりミュンヘンのスタジオでレコーディングされたことから、ミュンヘン・ディスコなどと呼ばれていたと思われる。アメリカよりも約7ヶ月遅れて1978年に公開された映画「サタデー・ナイト・フィーバー」の大ヒットなどによって、日本の一般大衆にもディスコ・ミュージックがよく知られるようになっていくのだが、1979年には西城秀樹がヴィレッジ・ピープルの曲をカバーした「YOUNG MAN(Y.M.C.A.)」が大ヒットする。その次のシングル「ホップ・ステップ・ジャンプ」はカバーではなくオリジナル曲だったが、やはりディスコソングでいこうということになったのか、ミュンヘン・ディスコからの影響が感じられるものであった。1981年にビートたけしがリリースしたテクノ歌謡の名曲「俺は絶対テクニシャン」などにも、ミュンヘン・ディスコ的なシンセ・サウンドが導入されている。

そして、「アイ・フィール・ラヴ」はサウンドももちろん素晴らしいのだが、ドナ・サマーの官能的でセクシーなボーカルもその特徴であり、ほとんど「It’s so good」とか「I’m in love」としか歌われていないのだが、それがまた妄想をかきたてがちでもあった。よりシングル向きであるように思える「貴方のひざで」は全米R&Bチャートで20位以内に入ったものの、全米シングル・チャートにはランクインせず、B面の「アイ・フィール・ラヴ」の方が人気があったため、こちらをA面にして再発したところヒットしたようだ。プロデューサーとしてジョルジオ・モロダーの名前ばかりが取りざたされがちだが、一緒にプロデュースしていたピート・ベロッテのことも覚えておきたい。