ディー・ライト「グルーヴ・イズ・イン・ザ・ハート」【Classic Songs】

1990年9月8日付の全英シングル・チャートでは、ボンバルリーナ「ビキニスタイルのお嬢さん」が3週目の1位に輝いていた。1960年にブライアン・ハイランドによるバージョンが大ヒットしてオールディーズの有名曲の1つとして知られているが、全米シングル・チャートでは1位に輝いていたのに対し、全英シングル・チャートでは最高8位であった。30年後にボンバルリーナによってカバーされたバージョンの方が、イギリスではよりヒットしたということなる。ところでこのボンバルリーナというアーティストなのだが、アンドリュー・ロイド・ウェバーのミュージカル「キャッツ」の主人公と名前が同じだが、歌っていることになっていたのは子供向け番組のプレゼンターとして人気があったティミー・マレットであった。しかし、後に実際に歌っていたのは別の人だったという説が出てきたりもしていた。2人の女性がバックダンサーとして踊っていたが、そのうちの1人は後にテイク・ザットのゲイリー・バーロウと結婚をした。

2位にはソフィスティ・ポップ的な人気グループ、ディーコン・ブルーの「フォー・バカラック・アンド・デヴィッド・ソングスEP」がランクインしている。こんなにも売れていたのかと驚かされる。3位はポップでキュートでとてもキャラクターが立っていたベティー・ブー「ホエア・アー・ユー・ベイビー?」で、かなり良い感じである。そして、4位には先週の13位から大きくアップして、ディー・ライトの「グルーヴ・イズ・イン・ザ・ハート」がランクインしている。ディー・ライトはロシア人のスーパーDJディミトリー、アメリカ人のレディ・ミス・キアー、そして、日本出身のジャングルDJトーワトーワをメンバーとする国際色豊かなユニットであり、ポップでカラフルでサイケデリックなイメージが特徴でもあった。

デビューシングルとなるこの曲には、ブーツィー・コリンズやア・トライブ・コールド・クエストのQティップなども参加している。ア・トライブ・コールド・クエストはデ・ラ・ソウル、ジャングル・ブラザーズらと共にネイティヴ・タンと呼ばれる一味として見なされていて、それまでのヒップホップのイメージとは少し違う、よりピースフルなムードが特徴であった。また、イギリスでは80年代後半のアシッド・ハウスやレイヴ・カルチャーの盛り上がりからインディーロック的な人たちにまで波及していった、セカンド・サマー・オブ・ラヴ的な気分がまだ続いていて、それがマッドチェスター・ムーヴメントなどにもつながっていたのだった。ディー・ライトのイメージはこういった時代背景的にもひじょうにドンピシャだったということができる。

ジャングルDJトーワトーワとはつまりテイ・トウワなのだが、日本に住んでいた学生時代から坂本龍一がNHK-FMでやっていた「サウンドストリート」にデモテープを投稿し、採用されたりしていたことから一部ではすでに軽く知られていた。YMOつながりというのは当時においても、西武・パルコ的というか六本木WAVE的な文化人紛いの一般人やその予備軍たちには好ましいものとして消費されるので、そういった意味でも流行りがはかどったような気がしないでもない。それはそうとして、ディー・ライト「グルーヴ・イズ・イン・ザ・ハート」はこの翌週の全英シングル・チャートでは2位にまで順位を上げるのだが、結局はこれが最高位となった。このいかにも最新型のポップソングという感じのとても良い曲が1位になることを阻んだのが、スティーヴ・ミラー・バンドの1974年のヒット曲「ザ・ジョーカー」だったというのも乙なものである。

この頃のイギリスではリーバイスのCMに使われた懐かしい曲がリバイバルヒットしがちな傾向があり、時々そのような状況を知らない海外のリスナーからするとよく分からない曲がいきなりヒットしていたりもしていた。ザ・クラッシュはアメリカでは「ロック・ザ・カスバ」が全米シングル・チャートで最高8位を記録していたが、イギリスでは「ロンドン・コーリング」で記録した11位が最高位であり、トップ10ヒットは1曲もなかった。それが解散からしばらく経った1991年、「ステイ・オア・ゴー」がリーバイスのCMに使われ、全英シングル・チャートで1位に輝いていた。もちろんとても良いことではあったのだが、ザ・クラッシュもとうとうオールディーズとして扱われるようになったのか、というような感じはしていた。

ディー・ライト「グルーヴ・イズ・イン・ザ・ハート」はアメリカでもメインストリームでヒットしていて、1990年11月17日付の全米シングル・チャートから3週連続の4位が最高位となっている。その間、この曲よりも上位にランクインしていたのは、マライア・キャリー「ラヴ・テイクス・タイム」、M.C.ハマー「プレイ」、エリアス「モア・ザン・ワーズ・キャン・セイ」、ホイットニー・ヒューストン「アイム・ユア・ベイビー・トゥナイト」、スティービーB「ビコーズ・アイ・ラブ・ユー」である。

「グルーヴ・イズ・イン・ザ・ハート」にはいろいろな曲がサンプリングされているのだが、特に印象的でありすぐにそれと分かりがちなのが映画「欲望」のサウンドトラックからハービー・ハンコック「ブリング・ダウン・ザ・バーズ」である。これもまたシネ・ヴィヴァン六本木的というか、「ナック」だとか「茂みの中の欲望」あたりと同様のいかにもそれらしい気分が感じられもするのだが、それでもメインストリームで大ヒットするレベルの、絶妙な大衆性がとても良い。この曲のエンディングで「蒲焼き、やわらかいっすね」と言っているように聴こえなくもないのだが、おそらく気のせいである。