シック「グッド・タイムス」【Classic Songs】

1979年8月18日の全米シングル・チャートでは、先週まで5週連続1位だったドナ・サマー「バッド・ガール」にかわって、シック「グッド・タイムス」が新たに1位になった。この年の初めからそれまでの全米シングル・チャートで1位に輝いた曲を列挙していくと、ビー・ジーズ「失われた愛の世界」、シック「おしゃれフリーク」、ロッド・スチュワート「アイム・セクシー」、グロリア・ゲイナー「恋のサバイバル」、ビー・ジーズ「哀愁のトラジディ」、ドゥービー・ブラザーズ「ホワット・ア・フール・ビリーブス」、エイミー・スチュワート「ノック・オン・ウッド」、ブロンディ「ハート・オブ・グラス」、ピーチス&ハーブ「恋の仲直り(リュナイテッド)」、ドナ・サマー「ホット・スタッフ」、ビー・ジーズ「ラブ・ユー・インサイド・アウト」、アニタ・ワード「リング・マイ・ベル」と、ディスコソングの割合がひじょうに多い。特に1977年の映画(日本では1978年公開)「サタデー・ナイト・フィーバー」の音楽を担当したことによってディスコブームの火つけ役とも見なされがちなビー・ジーズの勢いがすごい。そして、ドナ・サマーにシックである。ロッド・スチュワートもディスコ・ミュージックを取り入れた「アイム・セクシー」が大ヒットし、この頃に洋楽を聴きはじめた中学生の中にはロッド・スチュワートをディスコソングをメインに歌う歌手で、ドナ・サマーの男性版のようなシンガーだと間違えて覚えていた者なども存在していたのではないだろうか。そして、ニュー・ウェイヴにディスコ・ミュージックの要素を取り入れたブロンディ「ハート・オブ・グラス」も1位になっている。シック「おしゃれフリーク」は1977年12月9日に全米シングル・チャートで初めて1位に輝いたのだが、翌週にはその前に1位だったバーブラ・ストライザンド&ニール・ダイアモンド「愛のたそがれ」に抜き返され、さらに翌週にはふたたび抜いて2度目の1位になるのだが、年が明けてからビー・ジーズ「失われた愛の世界」に抜かれ、翌々週には3度目の1位に返り咲くという圧倒的な強さを見せつけていた。

シック「グッド・タイムス」が全米シングル・チャートで1位だったのは1週のみであり、翌週にはナック「マイ・シャローナ」に抜かれている。ヒットの規模でいうと同じくシックの楽曲でも通算6週にわたって1位を記録した「おしゃれフリーク」の方がずっと大きいのだが、ポップ・ミュージック界にあたえた影響力を考慮すると、「グッド・タイムス」の方が重要なのではないか、ということになってくる。それは、バーナード・エドワーズによる印象的なベースのフレーズが、数多くサンプリングされたりコピーされたりしていることによる。

ますは、シュガーヒル・ギャングの「ラッパーズ・デライト」である。シック「グッド・タイムス」はブロック・パーティーでDJがレコードをかける定番曲としても知られていて、それにMCがラップをのせるなどしていたらしい。「ピロー・トーク」のヒットでも知られるシルヴィア・ロビンソンは息子からそういった話を聞いていて、それではその感じをレコードにして売ってみるのどうだろうかと思いついたらしく、それがシュガーヒル・ギャング「ラッパーズ・デライト」となった。シック「グッド・タイムス」のベースラインなどがガッツリ使われているのだが、特に悪気があって無断使用したわけではなく、ブロック・パーティーの雰囲気を再現するようなレコードをつくろうとしたらこうなったということである。「ラッパーズ・デライト」は全米シングル・チャートで最高36位を記録し、初めて全米トップ40にランクインしたラップの曲になった。

バーナード・エドワーズはクラブに行った時に偶然に「ラッパーズ・デライト」を聴いて、自分たちの音楽が無断で引用されていることに憤りを覚えたという。それで、ナイル・ロジャースと共にシュガーヒル・ギャング側に対し、著作権侵害で法的措置をちらつかせもするのだが、結局はナイル・ロジャーズとバーナード・エドワーズを「ラッパーズ・デライト」の作者としてクレジットすることで、和解することになった。その後、バーナード・エドワーズは「ラッパーズ・デライト」を気に入っていると語ってもいる。

または、クイーン「地獄へ道づれ」である。1980年のアルバム「ザ・ゲーム」からシングル・カットされ、全米シングル・チャートでは「愛という名の欲望」に続いて1位に輝いている。この曲の作詞・作曲者はベーシストのジョン・ディーコンであり、シックのレコーディング・スタジオを訪れたりしていた時に影響を受けたのではないかといわれている。ジョン・ディーコンはこの曲にあまり自信がなく、バンドもライブで演奏はしていたものの、リリースには乗り気ではなかった。しかし、ライブを見に来ていたマイケル・ジャクソンがこの曲を気に入り、フレディ・マーキュリーにリリースをすすめたという。この曲のベースラインは発売から40年以上が過ぎた2022年現在、「千原ジュニアの座王」で芸人がモノボケの準備をする際のBGMとして使われている。また、90年代にフジテレビ系で放送されていた「ダウンタウンのごっつええ感じ」では、松本人志が扮するMr. BATERが今田耕司が演じる喫茶店の店員にキリマンジャロを注文したのだが、ちりめんじゃこが出てくるというボケの際に、「ちりめんじゃこやん」などと「地獄に道づれ」のベースラインのようなメロディーで歌っていた。

「グッド・タイムス」はタイトルの通り、良い時間を過ごそうということがテーマになっているのだが、ミルトン・エイガー「ハッピー・デイズ・アー・ヒア・ゴー・アゲイン」、アル・ジョルソン「アバウト・ア・クォーター・ナイン」などにも影響を受けているという。これらの楽曲は1929年の株価大暴落をきっかけとした、1930年代の世界恐慌の時代に生まれたものである。ナイル・ロジャーズとバーナード・エドワーズが「グッド・タイムス」を作詞・作曲した当時のアメリカも不況に苦しめられていて、この曲にはそんな時代におけるポジティヴなメッセージも込められていたという。