ボーイジーニアス「ザ・レコード」【Album Review】

ボーイジーニアスのデビュー・アルバム「ザ・レコード」が2023年3月31日にリリースされるやいなや、年間ベスト・アルバム候補の1つなのではないかと、早くも好評である。デビュー・アルバムではあるのだが、ボーイジーニアスはジュリアン・ベイカー、フィービー・ブリジャーズ、ルーシー・ダカスというすでにソロ・アーティストとしてキャリアのある3人のシンガー・ソングライターによるユニットである。特にフィービー・ブリジャーズは2020年にリリースしたアルバム「パニッシャー」が高評価を得て、グラミー賞にノミネートもされていた。全米アルバム・チャートで最高43位、全英アルバム・チャートでは最高6位のヒットを記録している。SZAの大ヒットアルバム「SOS」に収録された「ゴースト・イン・ザ・マシン」に参加したりもしている。

3人は同世代の女性シンガー・ソングライターということもあり、ソロ・アーティストとしてお互いのファンであったり、個人的にも親しくなったりしているうちに、当初はライブのプロモーション用の7インチ・シングルをつくろうという感じで一緒にスタジオに入ったようだ。それが2018年にリリースされた6曲入りEP「ボーイジーニアス」に発展していき、これがなかなか好評であった。ジャケットアートワークはクロスビー、スティルス&ナッシュの最初のアルバムにオマージュを捧げたようなものであった。デヴィッド・クロスビー、スティーヴン・スティルス、グラハム・ナッシュという3人のシンガー・ソングライターから成るスーパーグループである。

ボーイジーニアスはオルタナティヴなロックをやっているグループであり、クラシック・ロックを好み、リスペクトもしている。しかし、アーティストとして活動している中で、若い女性であるという理由でなめられたりいろいろ嫌な思いはしてきたということで、天才少年とでもいうような意味のグループ名にもその辺りに対する皮肉がこめられている。2023年のはじめには「ローリング・ストーン」誌の表紙を黒のスーツ姿で飾ったのだが、これは1994年に発売された「ローリング・ストーン」誌でニルヴァーナが表紙を飾った号のオマージュにもなっていた。この号が発売された数ヶ月後にカート・コバーンが命を絶ったことによってニルヴァーナは解散し、ボーイジーニアスの3人はこの年からその翌年にかけて生まれている。

1曲目に収録された「ウィズアウト・ユー・ウィズアウト・ゼム」はいきなりのアカペラであり、ハーモニーがひじょうに美しいわけだが、すべてのストーリーを分かち合い、その祖先にも感謝しようというようなことが歌われている。これはボーイジーニアスというグループ内での関係性についてであるのと同時に、リスナーに向かってもいるように感じられ、真摯さのようなものが伝わってきたりもする。

「$20」「エミリー・アイム・ソーリー」「トゥルー・ブルー」はいずれもアルバムに先がけて発表されていた楽曲で、それぞれジュリアン・ベイカー、フィービー・ブリジャーズ、ルーシー・ダカスが中心となって書いたものである。「$20」は1曲目から一転して爽快なインディー・ロックなのだが、3人のボーカルが合わさることによって音楽的な広がりが生まれ、勢いのあるシャウトまでとびだしてとても良い。

「エミリー・アイム・ソーリー」はアコースティックなラブソングだが、フィービー・ブリジャーズは自身のアルバム「パニッシャー」をリリースした頃にボーイジーニアスを再始動しようと本格的に考えたようで。これはそのわりと初期からあった楽曲のようだ。27歳なのに自分のことがよく分かっていなく、それでも何が欲しいのかは分かっている、というようなことが歌われている。

新型コロナウィルスのパンデミックによる影響で、世界が激動し日常生活に変化が訪れがちだった頃から、楽曲制作にまつわるやり取りは行われ、その後、レコーディングはマリブにあるリック・ルービンのシャングリラ・スタジオで行われた。「ボーイジーニアス」EPが約4日間で急いでレコーディングされたのに対し、今回のアルバムには約1ヶ月間をかけることができた。

「トゥルー・ブルー」のタイトルはかつてマドンナも3作目のスタジオ・アルバムは収録曲に使っていたが、英語で真に忠実というような意味である。ルーシー・ダカスはアルバム2017年のアルバム「ヒストリアン」にも収録された失恋ソング「ナイト・シフト」のように、なかなか刺さる曲を書くことに定評があるのだが、この曲もかなり抉ってくるタイプのラヴソングである。

自分でも知らない自分に気づかさせてくれたり、自分では意図的に意識しないようにしているところを引き出しがちだったりするところが、他者と関係を持つことの醍醐味でもあり、ときどき痛いことがあったとしても、とても大切なのではないかと思える。この曲にはそのような感じをうまく表現しているようなところがあり、特に「あなたは私の心を他の誰にもできない方法で3回傷つけた」と歌われた後で、「よく知ってもらうことは気分が良い」と続くところなどがかなり素晴らしい。

「クール・アバウト・イット」はサイモン&ガーファンクル辺りを思わせもするフォークソング的なアコースティックなサウンドにのせて、3人のボーカリストそれぞれが失恋について歌うが、それでも前に向かって進んでいこうというポジティヴなメッセージが含まれている。とはいえ、けして大雑把ではなくかなり繊細で、もう大丈夫と強がる時にそれが本当ではないことは分かっているけれど、というあたりも絶妙に良い。

「ノット・ストロング・イナフ」はミュージック・ビデオもつくられているぐらいなので、このアルバムの中でも特に自信作なのではないかというような気がするのだが、確かにキャッチーでとても良い。70年代のシンガー・ソングライター的なアコースティックでオーセンティックな感じではじまったかと思うと、途中からニュー・ウェイヴ的な感じも出てきて、さらにはシェリル・クロウ「ストロング・イナフ」にちなんでもいるというのも納得の俄然強めなフォーク・ロックになっている。

しかも、ハイライトは峡谷でドラッグレースをしながらザ・キュアー「ボーイズ・ドント・クライ」を歌うくだりなのだが、本当にシェリル・クロウとザ・キュアー的な要素が1曲の中にどちらも入っていて、しかもとても良いという奇跡的なことになってもいるのだ。そして、いつも天使でけして神ではない、というようなフレーズが何度も繰り返し歌われていく。

ミュージック・ビデオでは3人のメンバーがゲームセンターやテーマパークやバッティングセンターで楽しむ様子が捉えられていて、これもまた音楽の素晴らしさと映像の自然体な感じとの組み合わせがかなり良い。メンバー間の仲の良さも伝わってくるような映像でもあり、かなり微笑ましい気分にさせられながらも、音楽的にはひじょうにハイクオリティーである。

「レヴォリューション0」はタイトルがビートルズの「レヴォリューション」シリーズを思わせるのだが、「ホワイト・アルバム」に収録されたジョン・レノンとヨーコ・オノによるサウンドコラージュでミュージック・コンクレート的な「レヴォリューション9」の印象も強い。ボーイジーニアスは「ローリング・ストーン」のインタヴューで、この「ザ・レコード」というアルバムタイトルについて、他にも候補があったと語っているのだが、それが「アメリカン・イディオット」「ホワイト・アルバム」「ビーチ・ボーイズ」「イン・レインボウズ」など、どこまでが本気なのかなかなか分からない。

「レナード・コーエン」というタイトルの曲も収録されているのだが、これはメンバーが曲づくりのための旅行の帰り、車の中でコーラス、つまり日本でいうところのサビの無い曲について話をしていた時に、フィービー・ブリジャーズがアイアン・アンド・ワイン「トラピーズ・スウィンガー」をかけ、道を間違えていることにも構わないほど熱心に聴き入った体験から生まれたのだという。レナード・コーエン「ハレルヤ」にサビはあるが、同じようなもの、ということだったらしい。それで、ボーイジーニアスの「レナード・コーエン」にもサビが無く、歌詞はこの出来事にちなんでいるようである。

「サタニスト」はグループにとってまた別の実験のようでもあり、サタニストやアナーキストやニヒリストに私と一緒になるか、というようなことが歌われていて、曲調も途中からかなり激しくなっていったりしてとても良い。

「ウィーアー・イン・ラヴ」はタイトルの通り、メロディーもひじょうに美しいのだが、やはり一筋縄ではいかず、一人で寂しいのでカラオケに行き、あなたが私について書いた曲を歌う、というくだりがあったりもする。

というように収録された全曲にふれてはいないのだが、全12曲、約42分間という、ボーイジーニアスのメンバーたちが生まれるよりもはるか以前のアルバム名盤のサイズ感にもひじょうに近く、46分のカセットテープに入れて持ち歩きたいような気分を思い起こさせもする。

ボーイジーニアスという皮肉で付けたかもしれないグループ名の、少なくともジーニアスのところは正真正銘であることを知らしめる素晴らしいアルバムであり、個々人としてひじょうに魅力的なアーティストたちからなる、いわゆるスーパーグループの歴史の中でも、特に成功している例の1つなのではないだろうか。