オリヴィア・ニュートン・ジョンの名曲ベスト10(The 10 Best Olivia Newton-John Songs)

オリヴィア・ニュートン・ジョンは1948年9月26日にイギリスはケンブリッジで生まれ、5歳の頃に父の仕事の関係でオーストラリアに移住、その後、オーディション番組で優勝し、イギリスに戻り音楽アーティストとしてデビューを果たした。いくつかの曲をヒットさせた後、1975年には拠点をアメリカに移し、音楽アーティストとしての活動の他に女優としての活動にも力を入れていく。特に1978年にジョン・トラヴォルタと共演した「グリース」は世界的な大ヒットとなった。音楽的には初期のカントリー的なポップスから次第にコンテンポラリー色を強め、イメージ的にもキュートで素朴な感じから大人の女性へとナチュラルに変化していった。日本では70年代半ばに「カントリー・ロード」「ジョリーン」がオリコン週間シングルランキングでそれぞれ最高6位と11位のヒットを記録し、洋楽アーティストの中でも特に人気があるうちの1人であった。今回はそんなオリヴィア・ニュートン・ジョンの楽曲から、これは特に名曲なのではないかと思える10曲を選びカウントダウンしていきたい。

10. Heart Attack (1982)

1982年にリリースされた「O.N.J.グレイテスト・ヒッツVol.2」からの先行シングルで、全米シングル・チャートでは4週連続で記録した3位が最高位であった。この間、1位を阻んでいたのはジョー・コッカー&ジェニファー・ウォーンズ「愛と青春の旅立ち」、メン・アット・ワーク「ノックは夜中に」、ライオネル・リッチー「トゥルーリー(愛と測りあえるほどに)」、ローラ・ブラニガン「グロリア」の4曲である。当時はクリスマス商戦に合わせて年末が近づくとビッグアーティストのベストアルバムが発売され、それには2曲ぐらい新曲が収録されていることが多かったような気がする。

恋に落ちた時に衝撃をハートアタック、すなわち心臓発作にたとえたひじょうに分かりやすいポップソングではあるのだが、メインストリームのヒット曲にしてはリズムがややユニークだったり、いかにも80年代的なサックスが最高だったりと、当時の印象以上に楽しめたりもする。後にアルバム「虹色の扉」のリイシュー盤にも追加収録された。

9. Make a Move On Me (1981)

1981年のアルバム「虹色の扉」からシングルカットされ、全米シングル・チャートで最高5位を記録した。その週の上位4曲はジョーン・ジェット&ザ・ブラックハーツ「アイ・ラヴ・ロックン・ロール」、ジャーニー「オープン・アームズ~翼をひろげて~」、ゴーゴーズ「ウィ・ガット・ザ・ビート」、スティーヴィー・ワンダー「ザット・ガール」なのでなかなか良い週である。この頃のオリヴィア・ニュートン・ジョンは大人の女性としてのイメージをさらに推し進めていた印象があり、このいかにも80年代的なアダルト・コンテンポラリー・ポップにもそれは反映されているように思われる。しかし、自ら積極的に誘惑するのではなく、相手のことが好きでたまらないのだが口説かれることを熱烈に待っているというような設定の絶妙さがとても良い。

8. Hopelessly Devoted to You (1978)

「土曜の夜は<フィーバー>しよう!!」と日本にも空前のディスコブームを巻き起こした映画「サタデー・ナイト・フィーバー」は日本ではアメリカから約半年遅れて、1978年の夏に公開されていた。主演していたジョン・トラヴォルタもやはり時の人的に持てはやされがちではあったのだが、その頃、アメリカやイギリスでは次の主演映画「グリース」が大ヒットしていた。そして、これが日本で公開されたのはやはり半年遅れて、この年の冬であった。いわゆる正月映画である。その「グリース」でジョン・トラヴォルタと共演していたのがオリヴィア・ニュートン・ジョンで、あの「カントリー・ロード」「ジョリーン」などを歌っていた歌手として日本でもかなり有名であった。

この映画において、オリヴィア・ニュートン・ジョンが演じるサンディーは最初と最後でかなりのイメージチェンジを見せるわけだが、それはやがてオリヴィア・ニュートン・ジョン自身にも起こることであった。それはそうとして、「グリース」からは主演の2人によるデュエット曲が大ヒットしたのだが、オリヴィア・ニュートン・ジョンが1人で歌ったこの曲もシングルカットされ、全米シングル・チャートで最高3位を記録した。邦題は「愛すれど悲し」で、タイトルがあらわしているように片想いの切ない気持ちがカントリーポップ的な楽曲にのせて切々と歌われている。この曲は第51回アカデミー賞において、歌曲賞にノミネートされていた。

7. A Little More Love (1978)

「グリース」は映画のみならずサウンドトラックも大ヒットしたのだが、その同じ年にオリヴィア・ニュートン・ジョンはさらにオリジナルアルバム「さよならは一度だけ」もリリースしたのであった。オリジナルタイトルは「トータリー・ホット」であり、ジャケットアートワークではオリヴィア・ニュートン・ジョンが全身を黒のレザーで包んでいる。「グリース」で演じたサンディーがそうしたように、オリヴィア・ニュートン・ジョンもここでイメージチェンジを意図的に行っていたように感じられる。

「愛は魔術師」の邦題がついたこの曲は「さよならは一度だけ」から最初のシングルとしてリリースされ、全米シングル・チャートで最高3位を記録した。よりアダルトでロック的なイメージが強調されてはいるのだが、コーラスにおけるカーペンターズやビー・ジーズなどにも通じる70年代的なポップさがたまらなく、過渡期ならではの良さが感じられる。

6. Summer Nights – Olivia Newton-John & John Travolta (1978)

「グリース」のサウンドトラックからジョン・トラヴォルタとのデュエット曲で、全米シングル・チャートで最高5位、全英シングル・チャートでは7週連続1位を記録した。邦題は「想い出のサマー・ナイト」である。アメリカやイギリスなどでは「グリース」は夏に公開されたため、設定にも合っていたのだが、日本では約半年遅れて正月映画となった。しかし、そういうものだと割り切ってはいて、個人的にもうすぐ小学校を卒業しなければいけないセンチメンタルな気分のサウンドトラックとして、甲斐バンド「HERO(ヒーローになる時、それは今)」などと共に記憶されている。「グリース」のCMスポットはテレビでよく放送されていたし、正月映画を紹介するテレビ番組などもわりと多かった印象がある。

それはそうとして、「グリース」の時代設定は50年代なので、もちろんオールディーズ的な楽曲がサウンドトラックにも収録されている。この曲は映画の中でも主演の2人がそれぞれの友人たちに夏の恋について語るシーンで流れるのだが、いろいろな質問をする友人たちの声なども入っていてにぎやかでとても良い。この3年後に日本では大滝詠一「A LONG VACATION」が大ヒットするのだが、収録曲の「FUNx4」にも通じるオールディーズなフィーリングがこの曲には感じられる。

5. Magic (1980)

1980年の夏に全米で大ヒットした曲といえばビリー・ジョエル「ロックンロールが最高さ」とオリヴィア・ニュートン・ジョンのこの曲、それからクリストファー・クロス「セイリング」にダイアナ・ロス「アップサイド・ダウン」が急上昇という感じであった。オリヴィア・ニュートン・ジョン自身が主演した映画「ザナドゥ」のサウンドトラックアルバムから先行シングルとしてリリースされ、全米シングル・チャートで4週連続1位を記録した。この年の年間チャートでもブロンディ「コール・ミー」、ピンク・フロイド「アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール」に次ぐ3位と、かなりヒットしていたことが分かる。

「ザナドゥ」の映画やテーマソングにはよりファンタジー的なイメージがあるのだが、この曲はアダルトコンテンポラリー的であり、実際に全米アダルト・コンテンポラリーチャートでも1位に輝いている。「グリース」からのシングルがアメリカ以上にヒットしていた印象があるイギリスでは、全英シングル・チャートで最高32位という結果であった。

4. Have You Never Been Mellow (1975)

1975年のアルバム「そよ風の誘惑」から先行シングルとしてリリースされ、全米シングル・チャートで1位に輝いた。美しいメロディーとピュアなボーカルがとても魅力的であり、全米アダルト・コンテンポラリー・チャートで1位、カントリー・シングル・チャートで3位など、幅広いリスナーにアピールしたであろうことが分かる。

歌詞の内容はもう少し肩の力を力を抜いてはどうか、というような癒し系な感じになっていて、曲調ともひじょうにマッチしている。日本ではなぜかコールセンターの保留音としてこの曲が使われていることが多いような気もするが、電話をかけてきた人の気分をサブリミナル的に和らげる目的や効果があるのかもしれない。また、堀ちえみが主演したテレビ番組「花嫁衣裳は誰が着る」の主題歌として、1986年に椎名恵が「愛は眠らない」のタイトルで日本語カバーしていた。

3. Xanadu – Olivia Newton-John & Electric Light Orchestra (1980)

オリヴィア・ニュートン・ジョンが伝説のミュージカルスター、ジーン・ケリーと共演し、ELOことエレクトリック・ライト・オーケストラが音楽を手がけたことで話題にはなっていた映画「ザナドゥ」だが、批評や興行的には失敗作とされ、監督のロバート・グリーンウォルドは最低の映画にあたえられるゴールデンラズベリー賞の記念すべき第1回で最低監督賞を受賞している。

しかし、サウンドトラックはヒットして、アメリカではオリヴィア・ニュートン・ジョンの「マジック」、イギリスではこのタイトル曲がシングル・チャートで1位に輝いている。エレクトリック・ライト・オーケストラのどこか未来的でもあるのだがエヴァーグリーンなポップスのツボ的なものはしっかり押さえた楽曲と、オリヴィア・ニュートン・ジョンのボーカルとの相性はかなり良い。日本のラジオでも普通によくかかっていた記憶があるのと、オリコン週間シングルランキングでも最高22位とまあまあ売れている。

2. You’re The One That I Want – Olivia Newton-John & John Travolta (1978)

「グリース」のサウンドトラックからジョン・トラヴォルタとのデュエット曲で、「愛のデュエット」というひじょうに分かりやすい邦題がついていた。「グリース」のエンディングではオリヴィア・ニュートン・ジョンが演じるサンディーが清純派的なイメージから、不良少年的でもあるジョン・トラヴォルタ演じるダニーに合わせて、なかなかマブい感じにイメージチェンジして驚かせる。そして、この曲が歌われるという感じだったはずである。

全米シングル・チャートでは1週だけ1位に輝いたが、イギリスにおいては全英シングル・チャートで9週連続1位という大ヒットぶりで、コモドアーズ「永遠の人へ捧げる歌」、10cc「トロピカル・ラブ」をはさんで、次には「想い出のサマー・ナイツ」が5週連続1位と、オリヴィア・ニュートン・ジョン&ジョン・トラヴォルタで合計14週もの間、1位を記録していたことになる。1990年には「愛のデュエット」「想い出のサマー・ナイト」を含む3曲をメドレー化した「グリース・メガミックス」が全英シングル・チャートで最高3位を記録し、人気が根強いことを証明したりもした。

https://www.youtube.com/watch?v=itRFjzQICJU

1. Physical (1981)

当時のアメリカでは健康志向からエアロビクスなどのワークアウトがブームになっていたのだが、オリヴィア・ニュートン・ジョンのアルバム「虹色の扉」から先行シングルとしてリリースされたこの曲は、それにしてもかなりの大ヒットとなり、全米シングル・チャートではデビー・ブーン「恋するデビー」の歴代最長記録に並ぶ、10週連続1位を記録した。この曲はダリル・ホール&ジョン・オーツ「プライベート・アイズ」を抜いて1位になったのだが、新記録がかかった週には同じくダリル・ホール&ジョン・オーツの次のシングル「アイ・キャント・ゴー・フォー・ザット」にその座を明け渡した。フォリナー「ガール・ライク・ユー」は10週連続2位を記録したのだが、結局は1位になれずじまいだった。当時の全米トップ40ファンにとっては、この一件の印象がやはりひじょうに強い。

もちろんひじょうにセクシュアルな意味を含んでいて、かつては素朴な感じでカントリー的な曲を歌っていたオリヴィア・ニュートン・ジョンのイメージチェンジがかなり進行したことを印象づけた。とはいえ、セクシーではあるもののけして下品にはならないところがとても良い。元々はロッド・スチュワートをイメージしてつくられ、ティナ・ターナーに提供しようとしたものの却下された曲である。もしかすると、オリヴィア・ニュートン・ジョンだったからこそ一般大衆が受け入れるにはちょうどいい感じになって、大ヒットになったといえるかもしれない。

この年の夏にMTVが開局し、ヒット曲にとってビジュアルも重要な要素になっていくのだが、この曲のビデオもセクシーなテーマをコミカルに描いていて、とても印象的であった。間奏のギターソロはTOTOのメンバーとしても知られる、スティーヴ・ルカサーによるものである。2020年のフューチャー・ノスタルジアな80年代ポップスリバイバルのムードにおいて、マイリー・サイラスやデュア・リパなどの音楽にこの曲からの影響が感じられたりもする。また、90年代オルタナティヴロックファンにとっては、ジュリアナ・ハットフィールドによるカバーバージョンも良いものである。