洋楽ロック&ポップス名曲1001:1988, Part.4

Dinosaur Jr., ‘Freak Scene’

ダイナソーJr.のアルバム「バム」からのリードシングルで、大きくヒットしたわけではないのだがバンドにとっての代表曲であるのみならず、インディーロックの名曲としても高く評価されている。

J・マスシスの気怠げなボーカルとノイジーなギターサウンドが特徴で、もっと簡単に付き合っていたいのになぜかうまくいかない相手との関係がテーマになっている。

バンドのベーシストであったルー・バーロウとの関係について歌ったものなのではないかと解釈される場合が多いが、J・マスシスによって否定されたこともある。

「友達が必要なときはやっぱり君だから」というようなフレーズが歌われるところは特に軽く感動的でもあるのだが、その後にやはり「なんてめちゃくちゃなんだろう」と結論づけられる。

Sonic Youth, ‘Teen Age Riot’

ソニック・ユースのアルバム「デイドリーム・ネイション」からシングルカットされ、メインストリームのヒットチャートにはランクインしていないのだが、全米オルタナティブエアプレイチャートでは最高20位を記録した。

アバンギャルドでエクスペリメンタルな楽曲も多かったソニック・ユースだが、この曲はかなり分かりやすい方である。当時のメインストリームのポップミュージックとはそれほど関係がないところで、アメリカのインディーロックシーンは盛り上がっていて、後にニルヴァーナの大ブレイクによってメインストリームにも影響を及ぼすのだが、その過程において最も大きな役割を果たしたともいえるのがソニック・ユースである。

この曲はダイナソーJr.のJ・マスシスがアメリカの大統領だったらというコンセプトで書かれた「ロックンロール・フォー・プレジデント」という曲がベースになっている。

Happy Mondays, ‘WFL (Wrote for Luck)’

ハッピー・マンデーズのアルバム「ならず者」からシングルカットされ、全英インディーズチャートで最高7位を記録するのだが、後にリミックスバージョンがインディーズチャートで最高3位、全英シングルチャートで最高68位を記録した。

所属レーベルのファクトリーレコードが所有していたクラブ、ハシエンダで演奏できるような楽曲をということでつくられたようである。エクスタシーと呼ばれるスマートドラッグの影響などもあり、インディーロックとダンスミュージックを組み合わせたような音楽が生み出され、やがてマッドチェスターなどと呼ばれるようにもなるのだが、ハシエンダはそれのメッカでもあった。

サウンド的にはそういった最新トレンドにも対応しているのだが、それ以外では特にボーカリストでソングライターのショーン・ライダーによる知的でありながら庶民的な歌詞やマイルドに粗野でロックンロールスター的なペルソナ、さらには特に楽器を演奏するわけでも歌うわけでもなく、ただただ踊っているだけで独特なバイブレーションを生じさせるメンバー、ベズの存在などによって人気を獲得していった。

Neneh Cherry, ‘Buffalo Stance’

ネナ・チェリーのデビューアルバム「ロウ・ライク・スシ」から先行シングルとしてリリースされ、全英、全米シングルチャートでいずれも最高3位を記録した。

ヒップホップの要素も取り入れたキャッチーでありながらストリート感覚も感じられる素晴らしいポップソングである。マルコム・マクラレン「バッファロー・ギャルズ」がサンプリングされているが、この曲のタイトルに入っている「バッファロー」という単語はクールなファッションクリエイター集団の名称に由来する。

ボム・ザ・ベースのティム・シムノンがプロデュースし、ミュージックビデオにはマッシヴ・アタックのマッシュルームが参加するなど、当時の音楽も取り扱うイギリスのスタイル雑誌「i-D」「THE FACE」的な感覚がワールドワイドにも広がっていく、とても良い時代だったと遠い目をする人たちも少なくはないような気もするが、もしかすると気のせいかもしれない。

Fine Young Cannibals, ‘She Drives Me Crazy’

ファイン・ヤング・カニバルズのアルバム「ザ・ロー&クックト」からリードシングルとしてリリースされ、全英シングルチャートで最高5位、全米シングルチャートでは1位を記録した。

プリンスの仲間でもあるデヴィッド・Zとの共同プロデュースとなるこの楽曲は、ミネアポリス郊外のペイズリーパークコンプレックススタジオBでレコーディングされた。

コンテンポラリーなサウンドでありながら60年代のソウルミュージックにも通じるポップセンスが感じられ、ローランド・ギフトのファルセットボイスも印象的である。

イギリスのバンドでありながらこの頃にはアメリカでの方がブレイクしていて、アルバムから次にシングルカットされた「グッド・シング」も続けて全米シングルチャートで1位に輝いた。

A Guy Called Gerald, ‘Voodoo Ray’

ア・ガイ・コールド・ジェラルドのデビューシングルで、全英シングルチャートで最高12位を記録した。

マンチェスター出身のジェラルド・シンプソンは当時まだ808ステイトのメンバーだったのだが、自宅でこの曲をつくりはじめ、当初は500枚だけレコードをプレスするとたった1日で売り切れて、地元のクラブ、ハシエンダを中心に大人気となり、アシッドハウスのアンセムとして知られるようになった。

コメディのライブアルバムからピーター・クックの「ブードゥー・レイジ」というセリフがサンプリングされているのだが、サンプラーの容量が足りなく「ブードゥー・レイ」までしか入らず、それが楽曲のタイトルにもなっている。