洋楽ロック&ポップス名曲1001:1963, Part.3

The Beatles, ‘She Loves You’

ビートルズが1963年8月にリリースしたシングルで、全英シングルチャートでは通算4週にわたって1位を記録した。1977年にポール・マッカートニー&ウィングス「夢の旅人」に抜かれるまでは、イギリスで最も売れたシングルであった。

ジョン・レノンとポール・マッカートニーによってツアー中のバスやホテルで書かれたというこの曲は、アイズレー・ブラザーズから影響を受けたというアドレナリンラッシュ的なコーラスやかけ合いが印象的であり、初期ビートルズの代表曲の1つともいえる。

この曲がヒットしていた頃にビートルズの熱狂的なファンのことがビートルマニアという現象として報道されるようになり、翌年にはアメリカにも飛び火していった。1964年3月21日付の全米シングル・チャートでは「抱きしめたい」に替わって1位に輝き、翌々週には1位から5位までをビートルズの曲が独占するという大ブレイクぶりであった。

The Ronettes, ‘Be My Baby’

ロネッツが1963年の夏にリリースしたシングルで、全米シングルチャートで最高2位を記録した。

フィル・スペクターのウォール・オブ・サウンドという技法を用いた臨場感のある音響と、ロニー・スペクター(ヴェロニカ・ベネット) の素晴らしいボーカルがその魅力をフルに発揮したオールタイムクラシックである。

好きな人に対して私の恋人になってと歌っているだけの実にシンプルな内容なのだが、そこにポップソングの真髄とでもいうべき、憧れや欲望のエッセンスが凝縮されている。

ドライブをしている時にカーラジオで初めてこの曲を聴いたブライアン・ウィルソンは、あまりの衝撃にとりあえず一旦、車を停めて、後にアンサーソング的でもある「ドント・ウォーリー・ベイビー」を書くことになる。

The Beach Boys, ‘In My Room’

ビーチ・ボーイズのアルバム「サーファー・ガール」とシングル「ビー・トゥルー・トゥ・ユア・スクール」のB面に収録された楽曲で、全米シングルチャートで最高23位を記録した。

サーフィン、ホットロッドといったアウトドアで陽気なイメージの音楽をやっていたビーチ・ボーイズだが、後に広く知られていくように、主要メンバーのブライアン・ウィルソンはきわめて内向的な性格であり、部屋の中こそが完璧な世界であり宮殿というようなところもあった。

そういった意味で「イン・マイ・ルーム」というタイトルは実にお似合いでもあるのだが、それ以外にもブライアン・ウィルソンには兄弟のデニス、カールと自宅の同じ部屋でコーラスを合わせた幸せな思い出があり、この曲でも3人の美しいハーモニーを聴くことができる。

Dusty Springfield, ‘I Only Want to Be with You’

ダスティ・スプリングフィールドのソロデビューシングルで、全英シングルチャートで最高4位のを記録した。邦題は「二人だけのデート」で、後にベイ・シティ・ローラーズやサマンサ・フォックスによるカバーバージョンもヒットした。

当時、新婚であったマイク・ホーカーが、妻に対する熱い想いをテーマにつくった曲だともいわれている。

デビューシングルは絶対にヒットさせたいと意気込んでいたものの、それまでにレコーディングしていた何曲かにはいま一つピンときていないところに、この曲が舞い込んできて、ダスティ・スプリングスティーン本人もすぐに気に入ったようである。

Darlene Love, ‘Christmas (Baby Please Come Home)’

多くのポピュラー音楽ファンからクリスマスアルバムの定番にして最高傑作として評価されることもある「クリスマス・ギフト・フォー・ユー・フロム・フィル・スペクター」に収録されている楽曲である。

シングルでもリリースされたが、当時は特にヒットしてはいない。というか、アルバムそのものが現在でこそ名盤として知られているものの、当時はリリースのタイミングでジョン・F・ケネディ大統領が暗殺されたことにより、アメリカでは国民感情的にクリスマスを祝うどころではないような雰囲気だったという。

とはいえ、後に正当な評価を得ることになり、ダーレン・ラヴのパワフルでエモーショナルなボーカルがクリスマス気分を盛り上げてくれるこの楽曲は特に人気が高く、U2やマライア・キャリーをはじめ様々なアーティストたちによってカバーされてもいる。

The Beatles, ‘I Want to Hold Your Hand’

ビートルズが1963年11月にリリースしたシングルで、全英シングル・チャートで5週連続、全米シングル・チャートでは7週連続1位に輝いた。邦題は「抱きしめたい」である。

イギリスではすでに大人気だったのだが、アメリカではこの曲が最初のヒット曲であり、これをきっかけにブームが世界規模になっていったようだ。

ビートルズ以降の世界しか知らない世代にとってはなかなか想像することが難しいのだが、ビートルズの音楽は本当に衝撃的だったらしく、斬新なコード進行をコーラスの力技で強引にまとめ上げているような印象があったともいわれる。