洋楽ロック&ポップス名曲1001:1961

Patsy Cline, ‘I Fall to Pieces’

ハンク・コクランとハーラン・ハワードによって書かれたこの失恋ソングはブレンダ・リーやロイ・ドラスキーに断られた末に、パッツィー・クラインが歌うことになった。

ナッシュビルの人気バックアップシンガーグループ、ジョーダネアーズがレコーディングに参加することを知って、パッツィー・クラインは自分の歌声がかき消されてしまうのではないかと不安を覚え、さらにはこの曲のポップバラード的な音楽性がカントリーシンガーの自分にはあまりマッチしていないのではないかと消極的な気分になっていった。

それでもプロデューサーのブラッドリーに促されレコーディングしたところ、出来はとても良かったのだが、はじめはヒットしなかった。そこで、カントリーとポップスのラジオ局に対して別々の方法でプロモーションをかけたところ、いずれのラジオでもオンエアされはじめ、結果的にカントリーチャートで1位、ポップチャートで最高12位のクロスオーバーヒットとなった。

Del Shannon, ‘Runaway’

1961年の全米NO.1ヒットで、オールディーズの名曲として「悲しき街角」の邦題でも知られている。この曲のヒット以降、デル・シャノンの曲の邦題には「街角」という単語が使われがちになったという。

失恋の痛手から立ち直れないまま、泣きながら雨の中を歩くというシチュエーション、程よくチープなキーボードのサウンドや印象的なファルセットなど、ポップソングとしての魅力に溢れている。

オリジナルタイトルの「ランナウェイ」といえば80年代以降の日本ではシャネルズのデビューシングルが思い浮かぶのだが、謹慎からの復帰シングルが「街角トワイライト」で「悲しき街角」からもインスパイアされたと思える楽曲であった。

Ben E. King, ‘Stand by Me’

ベン・E・キングが1961年にリリースしたシングルで、全米シングルチャートで最高4位、全英シングルチャートで最高27位を記録した。

1980年代後半には映画「スタンド・バイ・ミー」の主題歌やヨーロッパではリーバイスのCMに使われるなどしてリバイバルし、全米シングルチャートで最高9位、全英シングルチャートでは1位に輝いている。

ベン・E・キングがジェリー・リーバー、マイク・ストーラーと共作し、ドリフターズの楽曲のつもりだったのだが却下され、グループを脱退後にソロでリリースしたところ大ヒットしたようだ。

ジョン・レノンが1975年のアルバム「ロックン・ロール」でカバーし、シングルカットもしていたが、1980年の暮れに亡くなった時、日本のニュース番組ではオリジナル曲ではなくこの曲の映像が流されがちであった。

Roy Orbison, ‘Crying’

ロイ・オービソンが自身の失恋で打ちひしがれた気持ちを表現したバラードで、全米シングルチャートで最高2位のヒットを記録した。

すでに別れた恋人のことでまたしても泣いているというような内容が、ドラマティックに歌われていて感動的である。

全英シングルチャートでは最高25位だったのだが、1980年にはドン・マクリーンによるカバーバージョンが1位を記録した。

1987年には映画「ウォンテッド・ハイスクール/あぶない転校生」のためにロイ・オービソンとk.d.ラングによるデュエットバージョンがレコーディングされ、グラミー賞で最優秀カントリーコラボレーションウィズボーカル賞を受賞した。

The Marvelettes, ‘Please Mr. Postman’

マーヴェレッツのデビューシングルで、全米シングルチャートで1位を記録した。ベリー・ゴーディ・ジュニアによってデトロイトで設立されたタムラレコードは後にモータウンと呼ばれるようになるが、この曲がレーベルにとって最初の全米NO.1ヒットであった。

当時は郵便が通信手段として重要な役割を果たしていて、この曲では主人公の女性が郵便局員にボーイフレンドからの手紙を早く届けてと切実に懇願している。

ソロデビューはすでにしていたのだがまだヒット曲がなくスタジオミュージシャンとしても活動していたマーヴィン・ゲイがこの曲ではドラムスを演奏している。

イギリスではヒットしなかったのだが、1963年にビートルズがアルバム「ウィズ・ザ・ビートルズ」にミラクルズ「ユーヴ・リアリー・ゴット・ア・ホールド・オン・ミー」、バレット・ストロング「マネー」といったモータウンヒットと共にカバーバージョンを収録した。

1975年にはカーペンターズによるカバーバージョンも全米シングルチャートで1位を記録している。

Patsy Cline, ‘Crazy’

パッツィー・クラインが1961年10月にリリースしたシングルで、全米シングルチャートで最高9位、カントリーチャートでは最高2位を記録している。

ウィリー・ネルソンによる楽曲で、カントリーの曲にしては使用されているコードが多く、難易度が高いということなのだが、パッツィー・クラインはこれを見事に歌いこなすことによって、恋愛におけるどうしようもないほどに狂おしい想いをヴィヴィッドに表現することに成功している。