バーティ・ヒギンズ「カサブランカ」について
1982年の洋楽について調べていくと、全米シングル・チャートの年間1位がオリヴィア・ニュートン・ジョン「フィジカル」だというのはまあ納得がいく。正確には1981年から翌年にかけて10週連続1位を記録するというメガヒットなわけで、集計期間などの関係で1982年に寄せたということになるだろうか。
それで、年間2位がサバイバーの「アイ・オブ・ザ・タイガー」なのだが、これも映画「ロッキー3」のテーマソングとして大ヒットしていた。日本でもわりと売れていたのではないかと思い、この年のオリコン年間シングルランキングを確認してみると、年間52位ということなので洋楽にしては高い方なのではないだろうか。
又吉&なめんなよ「なめんなよ」と松本伊代「センチメンタル・ジャーニー」の間というのがまた味わい深い。又吉&なめんなよ「なめんなよ」は猫にツッパリ風の学生服などを着せた写真集から派生して免許証をはじめ様々なグッズも販売された、いわゆる「なめ猫」ブームに便乗して発売されたレコードであり、小学生だった私の妹もお年玉で買っていた。ジャケットに「なめ猫」が写っていて、歌詞も猫関連になってはいるのだが、音楽的には普通のロックンロールだったような気がする。それで、松本伊代「センチメンタル・ジャーニー」は私がファンだったので持っていた。
それはそうとして、この「アイ・オブ・ザ・タイガー」なのだが、この年のオリコン年間シングルランキングで、洋楽としては2位なのである。それでは1位は何だったのかというと、バーティ・ヒギンズ「カサブランカ」で邦楽と併せたランキングでは39位だった。これもまた、アラジン「完全無欠のロックンローラー」とサザンオールスターズ「匂艶THE NIGHT CLUB」の間というなかなか味わい深いといころに入っている。
この曲は郷ひろみが「哀愁のカサブランカ」として日本語カバーして、オリコン週間シングルランキングで最高2位のヒットを記録していた。年間シングルランキングでは14位で、シュガー「ウェディング・ベル」と松田聖子「小麦色のマーメイド」の間である。
郷ひろみと松田聖子は一時期交際していたのだが、結局のところ破局して、松田聖子は1985年に神田正輝と結婚することになる。郷ひろみは結婚式に呼ばれていなかったのだが、その日の夜に「夜のヒットスタジオ」に中継で出演して、「ハリウッド・スキャンダル」と「哀愁のカサブランカ」を歌った。「大人の恋をしたと聞いた 新しい名前になったと聞いたよ」という歌詞が状況にあまりにもはまりすぎていた。
この「哀愁のカサブランカ」なのだが、ニッポン放送のはた金次郎がバーティ・ヒギンズのオリジナルを聴いてこれは売れると確信し、番組の企画で日本語詞とカバーする日本人アーティストを募集したのだという。歌詞が選ばれたのは作詞家志望の女子高校生で、歌手は郷ひろみに決まったのだが、あまりにも反響が大きかったのでこれはレコード化しようということになったようで、歌詞も山川啓介によるものに変更されたのだという。
実は私はバーティ・ヒギンズ「カサブランカ」のシングルをすでに持っていて、それはB面の「キー・ラーゴ」が目的であった。アール・エフ・ラジオ日本の「全米トップ40」やNHK-FMの「リクエストコーナー」などで全米ヒットチャートをチェックする活動の中で、全米シングル・チャートで最高8位を記録した「キー・ラーゴ」は普通に知ることになり、日本でも「カサブランカ」のB面として発売されたので、すぐにシングルを買ったというわけである。
ハンフリー・ボガードが主演した映画「カサブランカ」がモチーフになっているというようなことを、「全米トップ40」で湯川れい子は言っていたのだが、高校に入学したばかりだった私にはあまりピンきていなかった。「カサブランカ」といえば、確か沢田研二が「カサブランカ・ダンディー」という曲を歌っていて、口にふくんだウィスキーを空中に向かって吹き出すというくだりを水を使って真似して親に怒られたりはしていた。あの歌詞にあった「ボギー」というのが、ハンフリー・ボガードだったというので、おそらく「ピカピカの気障」だったのだろうとは思った。
当時はAOR的なシティ感覚がおしゃれだとされていて、バーティ・ヒギンズ「カサブランカ」もそのような売られ方をされていたような気がする。シングルのジャケットにはおそらくアメリカのモーテルの電飾看板が写っていて、まるで角川文庫から出ている片岡義男の小説の表紙のようだった。この前の年に創刊された「FM STATION」の表紙やカセットレーベル、また、この年にリリースされた山下達郎「FOR YOU」のジャケットなどにおける鈴木英人のイラストも方向性としては同じベクトルにあったように思える。
「カサブランカ」「キー・ラーゴ」を収録したバーティ・ヒギンズのアルバムは「ジャスト・アナザー・デイ・イン・パラダイス」というタイトルだったのだが、日本では「カサブランカ」としてリリースされていた。ジャケットも元々はいかにもシンガー・ソングライター的なバーティ・ヒギンズの写真が載ったものだったのだが、日本盤ではプールやアメリカ車などのイラストに差し替えられていて、AOR的なシティ感覚を強調しているようであった。
帯には「フロリダ。p.m.5:00、ため息が海に溶けていく。キスはいつまでもキス、カサブランカでは……。」「天国のボギーに贈るレクイエム……フロリダのマリン感覚溢れるサウンド・プロダクション、そしてバーティのスウィート・ヴォイスにはほろにがい男の優しさが……」というようなコピーが記載されている。
このアルバムの方の「カサブランカ」はこの年のオリコン年間アルバムランキングで17位に入っていて、近藤真彦「ギンギラギンにさりげなく」と松山千春「大いなる愛よ夢よ」の間である。洋楽のアルバムとしては15位のサイモン&ガーファンクル「セントラルパーク・コンサート」に次ぐ2番目の高順位ということになる。
ホイチョイ・プロダクションによる1991年の映画「波の数だけ抱きしめて」は1982年の夏の湘南を舞台にしているのだが、中山美穂が演じる田中真理子が運転する車のラジオからは、やはり「キー・ラーゴ」が流れていた。
バーティ・ヒギンズの曲が全米トップ40にランクインしたのは「キー・ラーゴ」が最初で最後であり、次にシングルカットされたアルバムのタイトルトラックは最高46位であった。しかし、音楽活動はその後も続けられているようで、2019年にもアルバムがリリースされている。