洋楽ロック&ポップス名曲1001:1988, Part.2
Tracy Chapman, ‘Fast Car’
トレイシー・チャップマンのデビューシングルで、全米シングルチャートで最高6位、全英シングルチャートで最高5位を記録した。
経済的に困難な状況で働く女性の心境をリアルに描写したフォークロック的な楽曲で、トレイシー・チャップマンがネルソン・マンデラの生誕70周年記念コンサートで歌ったことによって注目され、大ヒットとなった。しかも、スティーヴィー・ワンダーが演奏に使う予定のフロッピーディスクを紛失するというアクシデントがなければ、トレイシー・チャップマンは当日にこの曲を歌ってはいなかったという。
この曲を収録したデビューアルバム「トレイシー・チャップマン」は全米アルバムチャート1位に輝き、グラミー賞では最優秀女性ポップボーカル賞や最優秀新人賞などを受賞した。
2011年には「ブリテンズ・ゴット・タレント」の出場者が歌ったことによってイギリスでリバイバルし、全英シングルチャートで発売当時を上回る最高4位を記録し、2015年にはイギリスのジョナス・ブルー、スウェーデンのTobtokという2組のアーティストによるダンスミュージックとしてのカバーがヒットした。
2023年にはアメリカのカントリーシンガー、ルーク・コムズによるカバーがヒットして、カントリー・ミュージック協会賞を受賞、翌年のグラミー賞ではトレイシー・チャップマンとのデュエットが実現した。
Rob Base & DJ E-Z Rock, ‘It Takes Two’
ニューヨークのヒップホップデュオ、ロブ・ベース&DJ E-Zロックのシングルで、全米シングルチャートで最高36位、全英シングルチャートで最高24位を記録した。
ジェームス・ブラウンがプロデュースしたリン・コリンズの1972年の楽曲「シンク(アバウト・イット)」をサンプリングした楽曲は3000曲以上存在するともいわれているのだが、これもまたそのうちの1つであり、特に有名な「Yeah! Woo!」というボーカルが繰り返し使用されている。
そして、この曲自体も後にファットマン・スクープ「イット・テイクス・スクープ」をはじめ、スヌープ・ドッグやブラック・アイド・ピーズの楽曲でサンプリングされている。
1989年にアメリカの音楽誌「SPIN」がこの曲を歴代最高のシングルに選んだことも話題になった。
Bobby Brown, ‘My Prerogative’
ボビー・ブラウンのアルバム「ドント・ビー・クルーエル」からシングルカットされ、全米シングルチャートで1位、全英シングルチャートで最高6位を記録した。
ボーイズグループのニュー・エディションを脱退したことについて批判されたりもしていたボビー・ブラウンだが、テディ・ライリーがプロデュースしたニュージャックスウィング的なこの曲の大ヒットなどでソロアーティストとしての人気が爆発し、ポップアイコン化すらしていくことになった。
日本ではボビー・ブラウンのファッションや髪型などを真似た若者たちが激増し、彼らは「ボビ男」などと呼ばれていたことなども特筆しておくべきであろう。
Public Enemy, ‘Don’t Believe the Hype’
パブリック・エナミーのアルバム「パブリック・エナミーⅡ」からのシングルで、全英シングルチャートで最高18位を記録した。
アメリカのマスコミがプロバガンダによって集団思考に影響をあたえているとするノーム・チョムスキーの著作に影響を受け、チャックDが書いた楽曲である。
ブレイクビーツやサンプリングなどによる独創的なサウンドはもちろんなのだが、深刻なメッセージを伝えるにあたってコピー的でキャッチーなワードセンスもパブリック・エナミーの大きな魅力であった。
Nick Cave and The Bad Seeds, ‘The Mercy Seat’
ニック・ケイヴ&ザ・バッド・シーズのアルバム「テンダー・プレイ」からリードシングルとしてリリースされ、全英シングルチャートにランクインはしていないが、インディーズチャートでは最高3位を記録した。
オーストラリア出身のカルト的なシンガーソングライターでありパフォーマーであるニック・ケイヴの代表曲は何なのだろうと考えた場合に多く挙げられがちな楽曲である。
テーマは電気椅子で処刑されようとしている男の心境であり、そのボーカルパフォーマンスには鬼気迫るものがある。主人公が無実かどうかについては完全に断言されていないことと、キリスト教への暗示に溢れているところなどが想像力をさらに刺激する。
2000年にリリースされたジョニー・キャッシュによるカバーバージョンはニュアンスにやや相違があるのだが、これもまたかなり好評である。
N.W.A., ‘Straight Outta Compton’
N.W.A.のデビューアルバム「ストレイト・アウタ・コンプトン」からのリードシングルで、全米シングルチャートに当時はランクインしなかったのだが、グループの伝記的映画が公開された2015年に最高38位を記録した。
グループ名は「Niggaz Wit Attitudes」の略であり、ギャングスタラップと呼ばれる音楽の歴史上、ひじょうに重要な存在である。メンバーにはドクター・ドレーやアイス・キューブなどがいた。
アメリカはカリフォルニア州コンプトンの出身であり、それがそのままタイトルになっている。ギャングスタのライフスタイルを美化しているのではないかというような批判も浴びたのだが、実際にはリアルでドキュメンタリー的な表現であった。
当時はその内容から放送禁止になったりもしていたのだが、2016年には収録アルバムがヒップホップの作品としては初めて殿堂入りを果たしたり、翌年には議会図書館によって文化的、歴史的、または美的に重要であると見なされ、国立録音登録簿に登録されるに至った。