邦楽ロック&ポップス名曲1001: 1946-1950

リンゴの唄/並木路子&霧島昇(1946)

1945年8月15日に日本はポツダム宣言を受諾し、第二次世界大戦が集結した。ここから戦後がはじまるわけだが、当時の記録映像などのバックグラウンドミュージックとして使われがちなのが、この「リンゴの唄」という楽曲である。

「リンゴは何にもいわないけれど リンゴの気持ちはよくわかる」と歌われるこの曲が、戦後の日本国民にとってどのように受け止められていたのか、後の世代にとっては想像することぐらいしかできないわけだが、その語られ具合からしても相当だったのではないかと思われる。

この楽曲は戦後最初の日本映画となった「そよかぜ」の挿入歌であり、映画と同タイトルの主題歌とのカップリングでリリースされた。浅草の出身で松竹歌劇団のスターであった並木路子が主演し、主題歌や挿入歌も歌っている。この曲がなんとなく売れそうだったので、霧島昇が作曲家の万城目正に頼んでデュエットで参加しているのだが、後に並木路子のソロバージョンが発表されたりもしている。

並木路子の明るい歌声が当時の人々に希望を与えたなどといわれてはいるのだが、当時、並木路子は戦争の影響で肉親を亡くし、悲しみに暮れていたところを万城目正の叱咤激励に応えるかたちであのように歌ったのだという。

映画「そよかぜ」は今日(2023年11月現在)、U-NEXTで視聴することもできるが、後半にはここだけ切り取ってプロモーションビデオにできるのではないかというぐらいの勢いで「リンゴの唄」がフィーチャーされていて、並木路子の魅力をも伝えている。

当時、リンゴを客席に配りながら歌うパフォーマンスも話題になったという。

東京ブギウギ/笠置シヅ子(1948)

「ブギの女王」として知られる笠置シヅ子の代表曲であり、とにかくノリがよく楽しげな気分に満ち溢れている。舞台上で激しく動きながら歌うスタイルも、当時としてはかなり斬新だったのだという。

「東京ブギウギ リズムウキウキ 心ズキズキ ワクワク」という歌い出しの歌詞からして最高なのだが、この魅力を自由でパワフルな歌声がさらに増幅している。それでいて、都会的な洗練も感じさせるところがまたとても良い。

様々なアーティストによってカバーされ続けているが、近年ではトータス松本がアサヒビール「クリアアサヒ」のCMソングとして歌詞を変えて歌っていたのが記憶に新しい。

銀座カンカン娘/高峰秀子 (1949)

映画「銀座カンカン娘」の主題歌としてリリースされ、主演女優でもある高峰秀子が歌っている。「東京ブギウギ」と同じく服部良一によって作曲されたモダンな楽曲だが、映画には笠置シヅ子も出演している。

当時、売春婦のことを「パンパンガール」と呼んでいたようなのだが、この曲のタイトルや歌詞に入っている「カンカン娘」とは映画の脚本を書いた山本嘉次郎による造語で、カンカンに怒っている娘のことを指すらしい。

しかし、楽曲にそういったブチ切れ感は特に感じられる、寧ろ都会的に洗練されたムードさえ漂っている。そして、「カルピス飲んでカンカン娘」と歌詞に具体的な商品名が入っているのも印象的である。

1984年にフジテレビの深夜番組「オールナイトフジ」に出演していた女子大生集団、オールナイターズから片岡聖子、井上明子がおあずけシスターズとして「東京カンカン娘’84」というシングルをリリースしていたことについては、特にふれなくても良いのだが念のためふれておきたい。

悲しき口笛/美空ひばり(1949)

美空ひばりのデビュー曲「河童ブギウギ」は霧島昇「楽しいささやき」のB面に収録されていて、シングルA面としてリリースされたのは、主演映画「悲しき口笛」の主題歌であったこの曲が最初である。

この曲のヒットによって美空ひばりは一躍メジャーにブレイクするわけだが、当時まだ12歳ということで、天才少女歌手として注目されるようになったようだ。

幼い頃にNHK「素人のど自慢」に出演するものの、上手すぎて子供らしさがないという理由で合格させてもらえず、それでもどうしても認めてもらいたいと番組の審査員を務めていた古賀政男に直談判したことがデビューのきっかけになったのだという。

当初は笠置シヅ子のカバーやものまねのようなこともやっていたらしく、「東京ブギウギ」などを歌って注目されるきっかけになったレビューのタイトルが「ラブ・パレード」というのは、一部「渋谷系」的な人たちにとっては感じるものもあるのかもしれない。

青い山脈/藤山一郎・奈良光枝 (1949)

映画「青い山脈」の主題歌としてリリースされ、大ヒットを記録した楽曲である。昭和歌謡を代表する流行歌の1つであり、印象的なイントロのメロディーや「若く明るい歌声に」という歌い出しがとても有名である。

作曲をした服部良一は大阪から京都に向かう列車の車窓から見た晴れた日の六甲山脈にインスパイアされて、この曲のメロディーを思いついたのだという。後の世代のリスナーにとっては「懐メロ」の印象がひじょうに強いわけだが、想像力をふくらませて聴き直してみると、この楽曲のポップソングとしての驚異的な強度に気づかされたりもする。

夜来香/山口淑子(1950)

映画スターの李香蘭が中国でヒットさせた後に、日本に帰国し、名前を山口淑子として佐伯孝夫による日本語詞でリリースした楽曲である。

タイトルの「夜来香」は甘い香りの花が特徴的な植物の名前であり、すでに失ってしまったが忘れることができない恋に悩める自身をそれに重ねた狂おしいがゆえに美しい楽曲なのではないかと解釈することができる。

買物ブギー/笠置シヅ子 (1950)

笠置シヅ子の代表曲の1つで、上方落語の「無い物買い」がモチーフになっている。全編が大阪弁で歌われているのが特徴的であり、「わてほんまによういわんわ」というフレーズや「おっさん」というワードの連呼が特に印象に残る。

曲の途中で自らのヒット曲である「東京ブギウギ」のフレーズが挿入されたりする、遊び心もまたとても良い。この曲もまたパフォーマンスがひじょうに激しく、履いていた下駄が真二つに割れる勢いだったのだという。

東京キッド/美空ひばり (1950)

当時、13歳だった美空ひばりの主演映画「東京キッド」の主題歌で、初期の代表曲として知られる。

天才少女歌手の称号を欲しいままにしていただけあって、とにかく歌が上手いわけだが、「いきでおしゃれでほがらかで」というフレーズや、「チューインガム」「フランス香水」「チョコレート」といった舶来品の名称に当時の憧れや希望が感じられたりもする。

「空を見たけりゃビルの屋根」というのはなんとなく想像がつくのだが、「もぐりたくなりゃマンホール」というのがよく分からず、当時はそのようなこともまた娯楽として機能していたのだろうかと考えたりはするわけである。