邦楽ロック&ポップス名曲1001: 1982, Part.3

待つわ/あみん(1982)

あみんのデビューシングルで、オリコン週間シングルランキングでは週間シングルランキングで6週連続1位、年間シングルランキングでも1位、「ザ・ベストテン」では週間1位、年間3位の大ヒットを記録した。

名古屋市内の大学に通う現役女子大生、岡村孝子、加藤晴子のデュオで、ポプコンことヤマハポピュラーソングコンテストでこの曲がグランプリを獲得したことがきっかけでデビューを果たした。

フォークソング的な楽曲、素朴なイメージとテレビ出演時に見せる絶妙に微妙な振り付けのようなもの、そしてなんといっても「私待つわ いつまでも待つわ たとえあなたがふりむいてくれなくても」というように、片想いをする女性の心理を描写した歌詞が大いに受けた。

個人的には高校の夏休みが終わって2学期がはじまった頃には女子たちの間で絶大な支持を得ていて、放課後に学校祭の準備をしている時などもラジカセからよく聴こえがちだった記憶がある。

少女A/中森明菜(1982)

中森明菜の2作目のシングルでオリコン週間ランキングで最高5位、「ザ・ベストテン」では最高3位を記録した。

「花の82年組」の中でも当初はそれほど目立っていた方でもなかったし、デビューシングル「スローモーション」はとても良い曲であることには間違いがないのだが、アイドルのデビュー曲としてはやや地味な印象があった。しかし、大幅に路線変更したこのシングルが大ヒットしたことによって、上京は大きく変わった。

当時の表現を用いるならばいわゆるツッパリ路線でもいうべき楽曲であり、これが当時のトレンド感とも合致して大いに受けた。

「じれったいじれったい 何歳に見えても私誰でも じれったいじれったい 私は私よ関係ないわ」というようなフレーズを歌う時の表情がまたたまらなく良く、適度にウェットなボーカルも絶妙にマッチしていた。

待ちぼうけ/堀ちえみ(1982)

堀ちえみの3作目のシングルで、オリコン週間シングルで最高26位を記録した。

「花の82年組」の中でもデビュー当時からかなり人気があった。「潮風の少女」「真夏の少女」に続く3作目のシングルは竹内まりやの提供曲で、アメリカンポップ的なサウンドにのせて恋人との待ち合わせの場所にいるのだが、相手はなかなか現れず、その間にナンパされたりもする不安感がヴィヴィッドに描かれていてとても良い。

「ディズニー・ウォッチのぞく瞳はくもりがちで」というつかみからすでに相当に強く、「もうあなたなんか嫌い」で完全にノックアウト状態である。とはいえ、実は時計が2時間すすんでいたというまったくもって不可解なオチがついていて脱力させられながらも、いやこれも悪くないというかむしろ積極的にとても良いと感じさせてしまうところがとにかくすごい。

ラヴ・イズ・オーヴァー/欧陽菲菲(1982)

欧陽菲菲のシングルでオリコン週間シングルランキングで1位、「ザ・ベストテン」では最高3位のヒットを記録した。

当初は1979年のシングル「うさわのディスコ・クィーン」のB面で、その翌年にシングルA面でリリース、さらにはその2年後にアレンジを変更したバージョンで再発され、これが大ヒットを記録した。

これがきっと最後の恋なのだが、それが終わってしまったということがエモーショナルに歌われたバラード曲である。まさに大人のラヴソングなのだが、当時の若者たちにとっても背伸びがちになんとなく良さが感じられもしていた。そして、大人になってから聴き直してみると、これがまたさらにとても良い。

けんかをやめて/河合奈保子(1982)

河合奈保子の10作目のシングルでオリコン週間シングルランキングで最高5位、「ザ・ベストテン」では最高4位を記録した。

作詞・作曲は竹内まりやであり、当時、アーティストとしての活動は休止していたのだが、ソングライターとしてはアイドル歌手に楽曲提供したりしていた。

それまでかなり快活で陽気な楽曲を主に歌っていた河合奈保子だが、この楽曲はバラード的であり、しかも複数の男性の心をもてあそぶというマイルドな悪女ぶりをも発揮している。しかし、それをも許さざるをえないレベルのキャラクター性が当時の河合奈保子には備わっていて、それをも承知の上でつくられた楽曲なのではないかというような気もする。

恋人も濡れる街角/中村雅俊(1982)

中村雅俊の17作目のシングルでオリコン週間シングルランキングで最高5位、「ザ・ベストテン」では最高2位を記録した。

役者でありながらその素朴な歌声による楽曲を度々ヒットさせてきた、ある意味なかなかユニークな存在であった中村雅俊が映画「蒲田行進曲」の主題歌として、桑田佳祐が提供した楽曲を歌った。

「指先で俺をいかせてくれ」などとマイルドにエロティック的でもありながら、「愛だけが俺を迷わせる」と純情ハートの俺であるがゆえ的でもあるところが、いかにも桑田佳祐らしくもあるのだが、それが中村雅俊の朴訥としたボーカルで歌われることによって、えも言えぬ良さを醸しだしている。

夏をあきらめて/研ナオコ(1982)

研ナオコの29作目のシングルでオリコン週間シングルランキング、「ザ・ベストテン」いずれにおいても最高5位のヒットを記録した。

サザンオールスターズのアルバム「NUDE MAN」に収録された人気曲のカバーバージョンである。夏をあきらめるという表現は、通常の日本語ではしないわけなのだが、この曲で歌われている内容については完全に理解できるし、それは夏をあきらめることに他ならないのである。

このカバーバージョンは研ナオコ自身の強い希望によって実現したということなのだが、オリジナルバージョンのリリースからそれほど経っていないスピード感もかなりのものである。「熱めのお茶を飲み 意味シンなシャワーで」のくだりは1995年のスチャダラパー「サマージャム’95」でも引用されるわけだが、この楽曲に含有された切なさのようなものを驚異的な確度で表現している研ナオコのボーカルもとても良い。

この曲に加え、中村雅俊「恋人も濡れる街角」、サザンオールスターズ「Ya Ya(あの時代を忘れない)」とそれぞれ別のアーティストによる3曲の桑田佳祐作品が同時にヒットしていた。

頬に夜の灯/吉田美奈子(1982)

吉田美奈子のアルバム「LIGHT’N UP」収録曲で、シングルカットもされていなければ当時、大きくヒットしたわけでもない。とはいえ、シティポップリバイバルの流れで評価が高まり、定番化したような印象がある。

ライト&メロウなシティポップ感覚による黄昏気分を感じることができる楽曲といえばこれに尽きるのではないか、というぐらいに安定のクオリティーであり、エバーグリーン感も漂っている。

シティポップとは一体どのような音楽なのかという問いがあった場合に、おそらくこれを聴かせれば良いのだろうな、と感じられる楽曲のうちの1つではないかと思える。

色彩都市/大貫妙子(1982)

大貫妙子のアルバム「Cliché」の収録曲で、おそらくシングルでもリリースされた「黒のクレール」「ピーターラビットとわたし」の方が当時はポピュラーだったのだが、後にシティポップの名曲としてこの曲が広く知られるようになっていく。

いわゆるシティポップ的な音楽を1970年代後半にはやっていたのだが、この頃にはよりテクノポップ的な要素も取り入れ、ヨーロピアンなテイストも感じられる音楽性のシフトしていた。

元々はラジオCMのためにつくられた曲なのだが、アルバム収録に際してフルバージョンが制作された。編曲は坂本龍一で、レコーディングではドラムスを演奏してもいる。