大貫妙子「SUNSHOWER」について

大貫妙子の2作目のソロ・アルバム「SUNSHOWER」は、1977年7月25日に発売された。ピンク・レディー「渚のシンドバッド」や沢田研二「勝手にしやがれ」がヒットした年の夏である。2010年代半ばあたりから本格的に盛り上がりはじめたジャパニーズ・シティ・ポップの再評価においては、象徴的なアルバムとされている印象がある。きっかけは2017年8月7日に放送されたテレビ東京系のバラエティ番組「YOUは何しに日本へ?」であった。日本の空港にいた外国人に取材をし、日本を訪れた目的などを掘り下げていく番組だが、この日の放送に出演したアメリカ人男性のスティーブは大貫妙子の音楽が大好きで、「SUNSHOWER」のレコードを探しに来日したということであった。

結果的に西新宿にあるジャズ専門のレコード店、Hal’s RECORDで手に入れることができ、大喜びという展開になったのみならず、翌年には大貫妙子本人との対面も果たしている。このアルバムは2014年にHMV record shop渋谷のオープンを記念してアナログレコードが再発された後、2016年の「レコードの日」にも再プレスされていたが、いずれも売り切れていたということである。そして、「YOUは何しに日本へ?」の放送以降はさらに話題となり、再々プレスが決まったりもしていた。

「レコード・コレクターズ」の増刊として「日本ロック&ポップス・アルバム名鑑 1966-1978」が2013年に発売されているのだが、ここでは「SUNSHOWER」の扱いがソロ・デビュー・アルバム「Grey Skies」よりも小さく、ジャンルを代表する名盤というような扱いにはなっていない。しかし、「レコード・コレクターズ」2018年3月号で組まれた「シティ・ポップ 1973-1979」特集においては背表紙に「SUNSHOWER」のジャケット写真が使われたり、「YOUは何しに日本へ?」にも言及され、「近年のシティ・ポップ再評価を象徴するような作品」と紹介されている。

1982年にリリースされたアルバム「Cliché」やシングル・カットされた「ピーターラビットとわたし」などをはじめ、80年代の大貫妙子にはヨーロピアンなテクノポップ的な印象が強く、山下達郎らと共にシュガー・ベイブのメンバーであったことは知られていたものの、「SUNSHOWER」的なサウンドのイメージはあまり無かった。収録曲のアレンジは、すべて坂本龍一が手がけている。後に社会現象的なブームを巻き起こすYMOことイエロー・マジック・オーケストラの結成は翌年のことであり、この頃は才能のあるスタジオ・ミュージシャンとして注目されていたと思われる。

ジャズ/フュージョンやクロスオーバーと呼ばれる音楽の影響を強く受けているといわれている。このジャンルは80年代の日本でひじょうに人気があり、カシオペアやスクェアといったバンドのレコードがよく売れていた。テクニック重視で保守的な音楽という印象が強く、パンク/ニュー・ウェイヴ系のリスナーからはあまり好まれていなかったような気もする。70年代後半から80年代初めあたりまでのポップ・ミュージックにはかなり影響をあたえていて、AORやシティ・ポップ的なサウンドの流行にも深く関係している。1980年にリリースされた松田聖子のデビュー・アルバム「SQUALL」はアイドルのレコードにもかかわらず、フュージョンやクロスオーバー的なフィーリングもあり、普通に聴けるということでよく売れていたような気がする。

これらの音楽は「SUNSHOWER」を制作していた頃には新しく刺激的なものとして認識されてもいたようであり、元々はキャロル・キング「イッツ・トゥー・レイト」などを弾き語りしているようなタイプであった大貫妙子も、それまでのポップスが退屈に感じられるほど熱中していたらしい。この年の4月に晴海国際展示場で「ローリング・ココナッツ・レビュー」というライブが開催されていて、そこに出演していたアメリカのフュージョン・バンド、スタッフの演奏を見て、ドラマーのクリストファー・パーカーを起用することも決まったという。

スタッフが1976年にリリースしたデビュー・アルバム「スタッフ!!」は、フュージョンの名盤として知られているのだが、これには80年代にNHK-FMで放送されていた「軽音楽をあなたに」のテーマソング、「いとしの貴女(My Sweetness)」も収録されていた。世代によっては、この曲を聴いただけであの平日の午後、学校から帰ってきてから夕食までの至福の時間を思い出す音楽リスナーも少なくはないのではないかと思われる。

こうして、後にパンク/ニュー・ウェイヴ的なリスナーを気取ったとしても、この時代の日本において、フュージョン/クロスオーバーやAOR/シティ・ポップ的なサウンドの刷り込みというのは、しっかりと行われていて、それゆえに当時はけして積極的に聴いていなかったとしても、いざ再評価となった場合には受け入れムードをナチュラルに解放できたりもする。

「SUNSHOWER」の1曲目は「Summer Connection」で、これが先行シングルでもある。「好きな季節 もうすぐやって来るね」「あなたがくれた夏 ひとりじめに」と、夏の訪れを素直によろこんでいるような内容である。シティ・ポップ的に洗練されたサウンドであるにもかかわらず、わりとシニカルでメッセージ性も感じられる歌詞も少なくはないこのアルバムにおいて、この曲は純粋にポップでキャッチーであり、先行シングルにもふさわしかったと思われる。しかし、「SUNSHOWER」収録曲で最も有名なのは、4曲目に収録された「都会」であろう。シティ・ポップの名曲としても知られるこの曲は、タイトルからしていかにもという感じではあるのだが、けして都会のきらびやかさをポジティヴに歌っているわけではない。「値打ちのない華やかさに包まれ 夜明けまで付き合うと言うの」、さらには「その日暮らしは止めて 家へ帰ろう 一緒に」といった具合である。音楽的にはスティーヴィー・ワンダーに影響されているという。

この曲は当時、シングル・カットされていないのだが、2015年に「くすりをたくさん」とのカップリングで、7インチ・シングルがリリースされている。この「くすりをたくさん」は「SUNSHOWER」では2曲目に収録されていて、「Youは何しに日本へ?」に出演していたスティーブも特にお気に入りの曲に挙げていた。タイトルからして何やらヤバめなムードが感じられもするのだが、病院に行くと薬をたくさんくれるのだが、一体これはどうなのだろうというような、今日にも通じる問題がクールでパーカッシヴなサウンドにのせて歌われている。

他にもアルバム全体が基本的にはサウンド志向で、とても聴きやすくハイクオリティーでもあるのだが、歌詞の内容はシニカルだったりメッセージ性が強めだったりもする。アルバムの最後に収録された「振子の山羊」だけ坂本龍一が作曲をしているのだが、作詞は全曲を大貫妙子が手がけている。フュージョン的な後奏がフェイドアウトした後、「山羊はその枝を食べた」という独白で終わるのも不思議な余韻が感じられて良いものである。

というわけで、確かにシティ・ポップ的なサウンドがとてもカッコいいアルバムなのだが、そこからはみ出した意味性であったり熱気のようなものが感じられるのが特徴でもあるように思える。