ニュー・オーダー「ブルー・マンデー」
ニュー・オーダーのシングル「ブルー・マンデー」がリリースされたのは、1983年3月7日のことであった。イギリスで史上最も売れた12インチシングルであり、インディー・ロックとダンス・ミュージックとの関係性においてひじょうに重要だとされている楽曲である。当時、全英シングル・チャートでは最高9位を記録したが、全米シングル・チャートにはランクインすらしていない。この頃は第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンの真っ只中であり、全米シングル・チャートには多数のイギリスのバンドやアーティストによる曲がランクインしていたのだが、アメリカでも売れるものとそうではないものとに分かれていたような気もする。
この曲がイギリスのインディー・チャートで1位になり、12インチシングルがものすごく売れているという情報は、おそらく「ロッキング・オン」あたりで知ったのではないかと思うのだが、実際に楽曲そのものを聴くまでにはもう少し時間を要したと記憶している。イントロの「ドッドッ、ドドドドドドドド、ドッドッドッドッ」というようなドラムのビートがとにかく印象的であり、学校の休み時間に友人と口真似などをしていたことが思い出される。おそらくFMラジオ番組からエアチェック(要はカセットテープに録音すること)したものを繰り返し聴いていたと思うのだが、当初はサウンドは新しく感じられたものの、メロディーが単調な上にボーカルもずっとただただ暗く、どこが良いのかすぐには分からなかった。理解しようとして何度も聴いているうちになんとなく良くなってきたというか、こういうのがカッコいいのだと思えるようになっていった。
ニュー・オーダーの前身はジョイ・ディヴィジョンで、1980年にアメリカツアーに出発する直前、中心メンバーのイアン・カーティスが自らの命を絶ったことにより、解散を余儀なくされた。残されたメンバーにキーボーディストを加え、ニュー・オーダーとして活動をしていたのだが、ベーシストのピーター・フックはデビューアルバム「ムーヴメント」のレコーディングを通して、そのノウハウを習得していくことになった。
「ブルー・マンデー」は様々な音楽から影響を受けて完成した楽曲だということなのだが、たとえばあの印象的なドラムビートはドナ・サマーの「アワ・ラヴ」という曲にインスパイアされているという。ニュー・オーダーが所属していたマンチェスターのレーベル、ファクトリーはハシエンダという大型のクラブを運営してもいて、80年代後半から90年代初めにかけてのマッドチェスター・ムーヴメントの盛り上がりにおいても、大きな役割を果たしたともいわれている。この様子については、映画「24アワー・パーティー・ピープル」において描写されているのだが、「ブルー・マンデー」制作当時のハシエンダでよくかかっていたという、クライン&M.B.O.「ダーティ・トーク」という曲からも影響を受けたり、機械的なコーラスのようなものはクラフトワークの「ウラニウム」という曲からサンプリングされている。また、ピーター・フックのベースはエンリオ・モリコーネによる映画「夕陽のガンマン」のサウンドトラックを参照しているということである。
そして、この「ブルー・マンデー」というタイトルはバーナード・サムナーが書いた歌詞にはまったく登場しないのだが、スティーヴン・モリスが読んでいたカート・ヴォネガットの小説「チャンピオンたちの朝食」から引用されているという。洗濯機の発明が主婦の生活を向上させたことをあらわすイラストに、「憂鬱な月曜日よ、さようなら」というようなフレーズが添えられていたのだ。
「ブルー・マンデーズ」の歌詞といえば、バーナード・サムナーのあの陰鬱でありながら独特のポップ感覚を感じさせる歌い出し、「どんな感じがする?僕をこんなふうに扱って」というようなものだが、これはドラッグのことだとか、人間関係について歌われているのだとか、いずれの解釈も可能になっている。いずれにしても、けして陽気な内容ではない。
この曲の12インチシングルがものすごく売れた理由の1つとして、7インチシングルが発売されていなかったからというきわめてシンプルなものがある。ジャケットはダイカットでフロッピーディスクをイメージしたもので、費用もひじょうにかかっていたという。売れば売るほど赤字になる、というような話も確かあったのではないだろうか。1988年にリミックスされたバージョンが「ブルー・マンデー’88」としてリリースされた時に、初めて7インチシングル化もされたのだが、このバージョンは全英シングル・チャートで最高3位のヒットを記録した。
「ブルー・マンデー」はニュー・オーダーのアルバム「権力の美学」にそもそもは収録されてはいなかったのだが、カセットテープやCDのバージョンには収録されていたりもした。1987年にリリースされたコンピレーションアルバム「サブスタンス」には「ブルー・マンデー」も収録されていて、それもあり、ニュー・オーダーで最も重要なアルバムはこれなのではないか、といわれることも少なくはない。
インディー・ロックにダンス・ミュージックの要素が入った音楽というのは、その後、まったく珍しくはなくなっていくのだが、その過程においてこの曲が果たした役割はやはりひじょうに大きいし、これだけユニークな曲というのもそうは生まれていない。