90年代の洋楽ベストソング100(7)

Caught By The Fuzz – Supergrass (1994)

シーンとして盛り上がりを見せていたブリットポップには、やはり新しいスターが次々と登場してきた。オックスフォード出身のスーパーグラスは若さと勢いと卓越したポップ感覚が魅力で、このデビュー・シングルは15歳にして大麻不法所持で逮捕された実体験に基づいているという。全英シングル・チャートでは最高43位を記録した。

Waterfalls – TLC (1994)

TLCのアルバム「クレイジーセクシークール」からシングル・カットされ、1995年の夏にヒットした曲である。西新宿のラフ・トレード・ショップではなく、新宿ルミネのタワーレコードでCDを見ているような日焼けしたカジュアルな若者たちと同化したい気分だとすれば、この曲が格好のサウンドトラックである。新宿といえば三愛で水着を売っていたビルの上にもタワーレコードがあったような気がする。渋谷のタワーレコードはこの年に宇田川町の東急ハンズの近くから現在の場所に移転し、売場を大幅に拡張した。洋書や洋雑誌の売場が広がり、夢のようだった。この曲は全米シングル・チャートで7週連続1位の大ヒットを記録した。

Carnival – The Cardigans (1995)

スウェーデンのインディー・ロック・バンド、カーディガンズはこの前のアルバムから一部の「渋谷系」的な音楽リスナーなどの間で人気があったのだが、この曲を収録したアルバム「ライフ」はとにかく日本でもものすごく売れた。特に渋谷のクアトロパルコの方のWAVEで勢いがすごかったと、事情通的な人が言っていたような気がする。スチャダラパー「サマージャム’95」や真心ブラザーズ「サマーヌード」が初めてリリースされたのと同じ年の話である。

Some Might Say – Oasis (1995)

オアシスの2作目のアルバム「モーニング・グローリー」からの先行シングルで、全英シングル・チャートではバンドにとって初の1位に輝いた。一般的には「ワンダーウォール」「ドント・ルック・バック・イン・アンガー」のようなバラード曲がわりと評価されがちで、それも当然に正しいのだが、楽曲そのものが希望のようでもあるこのような曲こそが真骨頂だとも思える。個人的には幡ヶ谷に引越して荷物もほどかないうちに、このシングルを買いにいって、家に帰って聴いては内心でガッツポーズを取ったことが思い出される。

Born Slippy – Underground (1995)

発売は1995年でシングルのB面だったようなのだが、有名になったのは1996年の映画「トレインスポッティング」のサウンドトラックに使われ、全英シングル・チャートで最高2位を記録してからである。ダニー・ボイルが監督、ユアン・マクレガーが主演した「トレインスポッティング」はイギリスではこの年の2月に公開され、大ヒットしていたのだが、日本では11月の終りまで待たなけらばならなかった。それまでにサウンドトラックのCDを聴いたり、クアトロパルコでTシャツを買ったりして気分を盛り上げ、公開初日の朝から渋谷のシネマライズに並んだことが思い出される。もう1つのスクリーンでは、コーエン兄弟監督作品の「ファーゴ」が上映されていたと記憶している。

Alright – Supergrass (1995)

スーパーグラスのデビュー・アルバム「アイ・シュド・ココ」は全英アルバム・チャートで1位に輝いたのだが、この曲はその後にシングル・カットされたにもかかわらず、全英シングル・チャートで最高2位のヒットを記録した。青春の根源的な希望と疾走感がほとばしりまくった、超キャッチーにも程があるポップソングとなっていて、ブリットポップの盛り上がりを象徴しているようでもあった。

Yes – McAlmont & Butler (1995)

スウェードを脱退したバーナード・バトラーがソウルフルなシンガー、マッカルモントと組んでリリースした最初のシングルで、全英シングル・チャートで最高8位のヒットを記録した。タイトルがあらわしているように、肯定感に溢れたとても爽やかな楽曲である。ブリットポップの盛り上がりによって、こういったタイプの曲が次々と全英シングル・チャートの上位にランクインし、なかなか楽しいことになっていたといえる。

Common People – Pulp (1995)

1978年に結成されて以来、まあまあ注目されたこともあったとはいえ、ベーシックには苦節の時代が長かったパルプもブリットポップの盛り上がりに乗じて、ついにブレイクしたわけだが、その少し前にはメジャーレーベルと契約をしたり、地道に評価とセールスを上げたりはしていた。そして、イギリスの階級社会を反映した歌詞も味わい深い、この超絶ポップでキャッチーなシングルが全英シングル・チャートで最高2位を記録する。さらにはメンバーの事故によって、キャンセルせざるをえなくなったストーン・ローゼズに代わって、グラストンベリー・フェスティバルのヘッドライナーを急遽務めると、これが大成功をおさめ、オアシス、ブラーに次ぐ人気バンドとして認知されるようになった。

You Oughta Know – Alanis Morissette (1995)

カナダ出身のシンガー・ソングライター、アラニス・モリセットのアルバム「ジャグド・リトル・ピル」から先行シングルとしてリリースされ、全米シングル・チャートで最高6位のヒットを記録した。それまでは主にカナダ国内のリスナーをターゲットに、よりバブルガム・ポップ的な曲を歌っていたのだが、別れた恋人に対する辛辣な歌詞などが共感を呼んだこの曲で大きく路線が変わった。レッド・ホット・チリ・ペッパーズから、フリー、デイヴ・ナヴァロがゲスト・ミュージシャンとして参加している。

Just A Girl – No Doubt (1995)

ノー・ダウトのアルバム「トラジック・キングダム」から先行シングルとしてリリースされ、全米シングル・チャートで最高23位を記録した。ボーカリストのグウェン・ステファニが初めて単独で書いた曲でもあり、キャッチーなフェミニスト・アンセムとしても知られるようになる。この曲のヒットによって、ノー・ダウトはブレイクのきっかけをつかんだ。