90年代の洋楽ベストソング100(3)

Sheela-Na-Gig – PJ Harvey (1992)

PJハーヴェイはソロ・アーティストではなくバンド名であり、この曲はデビュー・アルバム「ドライ」からの先行シングルである。ハードめなサウンドは当時のトレンドであったグランジ・ロックな気分ともマッチしていて、その上にフェミニズム的なクールな感覚も特徴的であった。六本木WAVEで「ドライ」のCDが2,800円と輸入盤なのにやや高めだったのだが、これは買うしかないだろうという気しかしていなかったことが思い出される。

Motorcycle Emptiness – Manic Street Preachers (1992)

様々な言動や行動などによって、デビュー当初はギミック的に見られがちでもあったマニック・ストリート・プリーチャーズだが、デビュー・アルバム「ジェネレーション・テロリスト」からシングル・カットされたこの曲で見方が変わったという人たちも少なくはないような気がする。「享楽都市の孤独」という邦題もついた、シニカルで文学的な楽曲であり、90年代の渋谷や横浜などが映ったミュージック・ビデオも味わい深い。

Deeply Dippy – Right Said Fred (1992)

ノベルティー・ソング的でもある「アイム・トゥー・セクシー」を大ヒットさせたライト・セッド・フレッドのデビュー・アルバム「UP」からシングル・カットされ、全英シングル・チャートで1位に輝いた曲である。インディー・ロックファンからもわりと人気があり、ヘヴンリー・レコーズからマニック・ストリート・プリーチャーズ、セイント・エティエンヌ、フラワード・アップが参加したトリビュートEPが発売されたり、渋谷のCDショップ、FRISCOのスタッフたちがカウンター内で合唱する様が目撃されたりしている。

Pretend We’re Dead – L7 (1992)

ニルヴァーナの大ブレイクをきっかけにアメリカのオルタナティヴ・ロックが注目をあつめる中、ロサンゼルス出身のメンバー全員が女性のバンド、L7のこのシングルも全英シングル・チャートで最高21位のスマッシュヒットを記録した。ニュー・ウェイヴ的でもある絶妙なキャッチーさがとても良い。レディングフェスティバルのステージ上から、使用済みの生理用品を客席に投げつけるなどして話題になっていたことなども思い出される。

The Only Living Boy In New Cross – Carter USM (1992)

マッドチェスターとブリットポップの間に人気があったイギリスのインディー・ロック・アクトといえば、このカーターUSMなどが思い出されるのだが、ポップ・ミュージック史的には忘れられがちである。USMはジ・アンストッパブル・セックス・マシーンの略であり、このシングルは全英シングル・チャートで最高7位、収録アルバムの「1992愛のアルバム」は全英アルバム・チャートでなんと1位だったのだから、本当に売れていた。メンバーは30代のジム・ボブとフルーツバットの2人、半ズボンをはいてリズムマシンとパンク・ロック的なギターに乗せて風刺的で批評的な曲を歌っていた。勢いの奥底に感じられる哀感と人間味のようなものがとても良い。

Friday I’m In Love – The Cure (1992)

90年代にはすでに大御所化していたザ・キュアーだが、この曲を収録したアルバム「ウィッシュ」も全英アルバム・チャートで1位、全米アルバム・チャートでも2位の大ヒットを記録した。2枚目のシングルとしてカットされたこの曲は、ポップでキャッチーなサウンドとバンド本来の絶妙な暗さとが程よいバランスで、「ジャスト・ライク・ヘヴン」などと並んでファン以外にも人気が高い。

The Drowners – Suede (1992)

スウェードのデビュー・シングルで、全英シングル・チャートでの最高位は49位だったが、UKインディー・ロック界の話題を独占という感じではあった。西新宿のラフ・トレード・ショップでもしばらく買えなかったので、プレス数が少なかったのではないかとも考えられる。それはそうとして、当時のシーンから欠如していたグラマラスなセクシュアリティーを復権させたようなところがとても良かった。「NME」はヴァーヴやアドラブルと共にニュー・グラムなどとしてくくろうとしていた記憶があるが、これは盛り上がらず、ブリットポップの切り込み隊長的な役割を果たすことになった。

It’s A Shame About Ray – The Lemonheads (1992)

レモンヘッズはアメリカのオルタナティヴ・ロックバンドではあるものの、ニルヴァーナなどのグランジ・ロック勢とは音楽性が異なり、よりオーガニックでフォークやカントリーなどからの影響が感じられるのが特徴であった。この曲をタイトルトラックとするアルバム「イッツ・ア・シェイム・アバウト・レイ」はコンパクトでパーフェクトなギター・ポップ・アルバムの1つといっても良いレベルのクオリティーである。そして、中心メンバーのイヴァン・ダンドにはポップ・アイコン的な人気もあった。

Creep – Radiohead (1992)

レディオヘッドのデビュー・シングルにして初期の代表曲だが、バンド自身はあまり気に入っていないといわれがちな「クリープ」である。自虐的な歌詞やサウンドの強弱を効果的に用いた楽曲の構成など、グランジ・ロックに通じるところもあった。リリース当初はヒットしなかったが、アメリカのカレッジ・ラジオで話題になったりした後、逆輸入的にイギリスでも再発され、全英シングル・チャートで最高7位を記録した。この辺りからイギリスのインディー・ロックが実は熱いかもしれない、というようなムードが盛り上がっていく。

Babies – Pulp (1992)

イギリスはシェフィールド出身のパルプは1970年代に結成されたベテランバンドだが、長らくブレイクできずにいた。フロントマンのジャーヴィス・コッカーはそれほど売れてはいないインディー・バンドのボーカリストだが、まるでポップスターであるかのようなパフォーマンスを見せていた。姉妹とのロマンスというよりは性的な強迫観念のようなものをテーマにしたユニークなこの曲は、チープなシンセサイザー音の導入も印象的で、まだそれほど多くはないリスナーに驚きをあたえた。このわずか数年後に、ジャーヴィス・コッカーは正真正銘の国民的ポップスターとして輝くことになる。