洋楽ロック&ポップス名曲1001:1998, Part.3

Stardust, ‘Music Sounds Better with You’

ダフト・パンクのトーマ・バンガルテルがスタジオ仲間たちと結成した単発ディスコプロジェクト、スターダストがリリースした唯一のシングルで、全英シングルチャートで最高2位、全米シングルチャートで最高62位を記録した。

チャカ・カーン「さだめ」からサンプリングしたギターリフがとても印象的なポップでキャッチーなダンスポップで、イビザでアンセム化した後に一般大衆的なヒット曲としても知られるようになった。

ミシェル・ゴンドリーが監督したミュージック・ビデオも、テレビで架空のカウントダウン番組が流れていたりしてとても楽しい。

Lauryn Hill, ‘Doo Wop (That Thing)’

ローリン・ヒルのソロデビューアルバム「ミスエデュケーション」からリードシングルとしてリリースされ、全米シングルチャートで1位、全英シングルチャートで最高3位を記録した。

若者たちに対して恋愛や人生でしくじらないためのアドバイスをするという内容になっているが、ローリン・ヒル自身の様々な実体験が反映しているのではないかともいわれる。

ヒップホップやソウルミュージックやレゲエなどの要素が程よくブレンドされていて、しかもトレンド感もヴィヴィッドに感じられるという当時最もカッコいい音楽だったが、その後もモダンクラシックとして高い評価を受け続けているような気がする。

ミュージックビデオでは画面が分割され、1960年代のソウルシンガー風と1990年代のヒップホップ的なローリン・ヒルがそれぞれにこの曲をパフォーマンスしている。

Manic Street Preachers, ‘If You Tolerate This Your Children Will Be Next’

マニック・ストリート・プリーチャーズのアルバム「ディス・イズ・マイ・トゥルース・テル・ミー・ユアーズ」からのリードシングルで、全英シングル・チャートで1位に輝いた。邦題は「輝ける世代のために」である。

タイトル1930年代後半に発生したスペイン市民戦争における共和国派のスローガンから引用されていて、歌詞にもこの内戦を連想させるフレーズがいくつも入っている。

同じテーマを扱ったザ・クラッシュ「スペイン戦争」と共通するところもあるが、メインストリームのヒットソングとしてはかなりの異例だということができる。

翌年のブリット・アワードでは最優秀シングル賞にノミネートされるが、受賞したのはロビー・ウィリアムス「エンジェル」であった。

初期の作品にあったサウンド面における攻撃性は薄れ、マイルドにメランコリックでありながら主張が感じられる音楽性は、このバンドの大きな特徴となっていった。

Hole, ‘Celebrity Skin’

ホールのアルバム「セレブリティ・スキン」からリードシングルとしてリリースされ、全米シングルチャートで最高85位、全英シングルチャートで最高19位を記録した。

夫であったニルヴァーナのカート・コバーンが亡くなった後、コートニー・ラヴはホールの中心メンバーとしてのみならず、女優としてもゴールデングローブ賞にノミネートされるなど注目されるようになった。

コートニー・ラヴがバンドのギタリストであるエリック・アーランドソン、スマッシング・パンプキンズのビリー・コーガンと共作したこの曲はセレブリティ文化や名声へのプレッシャーを歌ったものであり、実生活での経験を多分に反映していると推測することができる。

それはさておき、純粋にパワーポップ的な名曲であることにも間違いはなく、映画「キャプテン・マーベル」のエンドクレジットやNetflix映画の「リベンジ・スワップ」などでこの曲を聴くたびにそれを強く実感させられる。

Hole, ‘Malibu’

ホールのアルバム「セレブリティ・スキン」からシングルカットされ、全米シングルチャートで最高81位、全英シングルチャートで最高22位を記録した。

アルバム「セレブリティ・スキン」は最初の何曲かのクオリティがアルバム全体を通して感じることができたならば歴史的名盤に名を連ねていたのではないか、というような主張をする人たちはそれほど多くはないような気もするのだが、コートニー・ラヴが幼い頃にラジオから流れていたであろうアダルトオリエンテッドなロックの影響は無意識的に受けているのではないかと考えられる。

コートニー・ラヴがこの曲をフリートウッド・マックのスティーヴィー・ニックスに捧げたいなどといっていたというエピソードは、いかにもそれっぽくてとても良い。

Mercury Rev, ‘Goddess on a Hiway’

マーキュリー・レヴのアルバム「ディザーターズ・ソング」からシングルカットされ、全英シングルチャートで最高51位を記録した。

フロントマンのジョナサン・ドナヒューがまだフレーミング・リップスのメンバーだった1989年に書いていたのだが、すっかり忘れられていた曲を発掘したものだという。

初期の実験的でサイケデリックな音楽性からこの頃にはよりメロディアスでオーセンティックに変化していたことなどもあり、アルバムはメンバー自身にとっても思いがけない高評価を得ることになった。