Vaundyの名曲ベスト10

Vaundyは2000年生まれのシンガーソングライターで、現在の日本で最も聴かれているアーティストのうちの1人である。特に代表的な曲をできるだけ数少なく挙げるとするならば何曲かにまでは絞り込むことができるかと思うのだが、そのいずれもが音楽的にタイプが異なる楽曲となっている。美術系大学に在学中にデジタル配信した楽曲やビデオが注目され、若者を中心に人気を集めていったのだが、いまどき的なトレンド感に加え、エヴァーグリーンなポップミュージックとしての魅力も兼ね備えていることから、その支持はやがてより広がっていき、2022年には「NHK紅白歌合戦」への出場も果たした。

今回はそんなVaundyの楽曲の中から、これは特に重要なのではないかと思える10曲をセレクトし、リリース順に振り返っていきたい。ベスト10ということになってはいるのだが、ベストな10曲というぐらいの意味であり、順位は特に付いていない。

東京フラッシュ (2019)

デジタル配信シングルとして2019年の秋にリリースされたこの曲によって、Vaundyは注目されはじめることになった。夜の新宿や上野を徘徊する姿がスタイリッシュに描写されたミュージックビデオも話題になり、かなり再生されていたはずである。

YouTubeやサブスクリプションサービスからよく流れてくるヒット曲を分析して、ラジオで流れやすい曲というコンセプトでつくられたという。ネオ・シティ・ポップ的とでもいうべき、都会的で洗練された感じは確かに当時のトレンド感にマッチしていたし、それでいて普遍的なポップミュージックとしての強度もなんとなく感じられる。

そして、この曲は都市生活の空虚さを一方的な恋愛感情というテーマを通して描いているように思えるが、「Ageごしの性愛者でいいの」というようなフレーズが心に刺さりまくるリスナーはけして少なくはなかったかもしれない。

すべては嘘で塗り固められていたとしても、この掃きだめのような世界においては、おそらく恋心のようなものだけが花であり、それは昭和の文豪も主張していたことだったような気がする。

悲しい別れを必然的に繰り返し、それでもそこから逃れることができない生きざまをこのように都会的で洗練されたポップソングとして成立させてしまっているところが驚異的だといえる。

不可幸力 (2020)

「不可抗力」ではなく「不可幸力」である。あらかじめ失われているどころか、それ以下きわまりない現実認識がベースにはあり、ヒップホップ的な音楽性を用いて、その辺りのリアリティーがスタイリッシュに描写されている。

「みんな心の中までイカれちまっている」と現状認識は批評的になされているのだが、「そんな世界にみんなで寄り添いあっている」という現実に言及し、「なぁ、なんて美しい世界だ」というところにまで持っていっているところにこそ、この楽曲の価値がある。

当時、Spotify PremiumのCMに起用され、その後もずっと聴かれ続けている。基本的にこの先、あくまでもはや伝説となったいつかの時代と比べるとクソすぎる現実から逃れるすべはなく、それを認識した上でどう生きていくかは自分しだいというところがひじょうに大きいとは思うのだが、この曲はそのような時代のサウンドトラックとしてとてもふさわしいように感じられる。

怪獣の花唄 (2020)

ここまでのVaundyの音楽にはいわゆるベッドルームポップ的というか、テイスト的にはシティ・ポップ的なところもあったとは思うのだが、この曲はロックフェス映えしそうというか、実際にしまくっているし、それを意図してつくられたようなところもある。

リリース当時よりもその後から少しずつ人気が高まっていったようなところがあり、特に2002年末の「NHK紅白歌合戦」でパフォーマンスしたことの影響は大きかったように思える。実際に2023年に入ってからストリーミング再生回数がぐんぐん伸びていき、YOASOBI「アイドル」、スピッツ「美しい鰭」とこの曲がトップ3だったことなどもあったような気がする。

実にアンセミックなロックチューンであり、歌詞の解釈もいろいろあるようなのだが、青春や大人になること、つまりはイノセンスの喪失と再生というか、そういったものが扱われているようにも思える。いまやVaundyで最もポピュラーな楽曲はこれなのではないかというようなレベルではあるのだが、この曲がVaundyの音楽性のほんのごく一部しかあらわしていないというところに底知れなさを感じずにはいられない。

napori (2020)

アルバム「strobo」収録曲で、シングルではリリースされていないしミュージックビデオもつくられていないのだが、とても人気があり、ここでもやはり取り上げておかなければいけないのではないかという気にさせられる曲である。

「怪獣の花唱」の超快感ロックバンドサウンドから一転して、同じアルバムに収録されているにもかかわらず、こちらはよりミニマルなサウンドが特徴的な大人のラヴソングである。

「僕が大人になって思い出すのは君じゃないかな」というフレーズがとにかく素晴らしすぎるのだが、歌いだしが「ろくな音楽もなくて そんなひびをまた2人で」で、後の方では「当然こんな夜にはコーヒーがいいだろ そんな僕の横でハイボールを1口」からの「そう君見てると 酒入ってなくても酔いが回るんだな」で最高である。

世界の秘密 (2020)

インターネットやスマートフォンやSNSなどが普及した時代を当たり前のように生きるデジタルネイティブのZ世代らしい日常のリアリティーが平熱で歌われているところが旧世代のリスナーにとっては新しく感じられるかもしれないのだが、ポップソングが歌おうとしていることの本質はそれほど変わらず、それでも情報が流れる速さには何らかの方法で対応する必要がある。

「ステップだけ、ステップだけ、置いてきちゃったよ」というフレーズが軽やかに、しかい深い印象を心に残していく。これはおそらく欲望の現時点におけるなれの果てであり、正しかったのかそうではなかったかについても、おそらくすぐに答えを出すことはできないのだが、それでもここからさらに続けていくわけであり、使い古しのペシミズムに耽溺している場合ではないのだ、思わされる人たちもいるのかもしれない。

花占い (2021)

テレビドラマ「ボクの殺意が恋をした」の主題歌である。もうすっかりメジャーな存在になってきていて、このようなタイアップも決まっているわけだが、それにふさわしいポップでキャッチーでハイクオリティーな楽曲をしっかりと仕上げているところが本当にすごい。

恋愛は人生における花ではあるのだが、それゆえに賞味期限も短いことは大抵の人々にとって周知の事実ではあると思うのだが、「僕たちの1000年の恋」などというとてつもないファンタジーがホーンの音色なども効果的に用いたしっかりとしたサウンドに乗せて歌っているところとても良い。

踊り子 (2021)

一体どのようにしてこんなにも素晴らしい楽曲が2021年にして生み出されたのかが不思議というか、個人的にはこの1曲だけでもVaundyが日本のポップミュージックシーンに残した功績は実に大きいと感じられるほどの超名曲である。

それまでのVaundyのどの曲ともまたタイプが異なっているのだが、ニュー・ウェイヴ的な要素も感じられながら、ポップソングとしての強度はかなりのものである。小松菜奈が出演したミュージックビデオもとても良い。

「僕らが散って残るのは変わらぬ愛の歌なんだろうな」というフレーズには、現実的な愛の移ろいやすさ、そして、これまでのポップミュージック史における優れたラヴソングの数々に対してのオマージュとしても機能しているように思え、感動を禁じえないのであった。

裸の勇者 (2022)

テレビアニメ「王様ランキング」の主題歌である。アニメーション作品の主題歌や挿入歌、つまりアニソンが大好きでCDなどもよく買っていたというVaundyにとっては願ってもないオファーだったかもしれない。

歌詞はアニメの内容に沿ったものにもなっていて、「愛してしまった全部全部」などのフレーズが印象的な、アニソンらしくキャッチーでありながら力強い楽曲になっている。

恋風邪にのせて (2022)

ABEMAの恋愛リアリティ番組「彼とオオカミちゃんには騙されない」の主題歌である。どこか懐かしさも感じさせる都会的で洗練されたサウンドに乗せて歌われる「くだらない愛で僕たちはいつも笑っている」というフレーズが実に切実かつ本質的であり、ポップソングはできればこういうことをこそずっと歌い続けていてほしいと思わずにはいられない。

俳優の成田凌と蒔田彩珠が出演しているドラマ仕立てのミュージックビデオもとても良い。

そんなbitterな話 (2023)

これもまたABEMAの恋愛リアリティ番組「花束とオオカミちゃんには騙されない」の主題歌であり、「恋風邪にのせて」が主題歌として使われていた「彼とオオカミちゃんには騙されない」とは同じシリーズである。

そして、やはり恋愛をテーマにした楽曲ではあるのだが、音楽的なタイプとしては「恋風邪にのせて」とはやや異なり、よりロック的なフィーリングが感じられる楽曲となっている。

「こんなことじゃあ出会わなきゃよかったな」というフレーズがあらわしているような、恋愛をするからこそ味わわざるをえないほろ苦い感情がヴィヴィッドに描写するのだが、それでもそこから逃れることはできないし、人生においてそれ以上に価値があるものは存在しないのではないかと確信しているタイプのリスナーにはやたらと刺さりまくる楽曲だということができる。