リアム・ギャラガー「カモン・ユー・ノウ」

リアム・ギャラガーのソロ・アーティストとしては3作目のスタジオ・アルバム「カモン・ユー・ノウ」が、2022年5月27日にリリースされた。1作目が「アズ・ユー・ワー」、2作目が「ホワイ・ミー?ホワイ・ノット」で、いずれも全英アルバム・チャートで1位に輝いている。リアム・ギャラガーといえば元オアシスのボーカリストとして広く知られているわけだが、いろいろな意味でその人気、評価のピークともいわれるのが、1996年のネブワース公演である。2021年にはドキュメンタリー映画も公開され、大きな話題となった。そして、2022年にはリアム・ギャラガーがこのネブワースでソロ・アーティストとしての公演を行ってしまう。チケットはすぐに完売し、たちまち追加公演が発表されていた。ひじょうに根強い人気を感じる。

オアシスのデビュー当時において、ほとんどすべての曲をつくっていたのはリアム・ギャラガーの兄でギタリストのノエル・ギャラガーだが、かつて本当に言いたいことがあってつくったのは「ロックンロール・スター」「リヴ・フォーエヴァー」「シガレッツ&アルコール」の3曲だけで、後は違った方法での繰り返しにすぎない、とも発言している。そのうち、リアム・ギャラガーによる楽曲もアルバムに収録されるようになった。ギャラガー兄弟のケンカはオアシスを特徴づける要素の1つでもあり、何度も繰り返されていたわけだが、2009年にロック・オン・セーヌのバックステージで勃発したそれは、ついにバンドの解散をも招いてしまう。ノエル・ギャラガーによると、その原因というのはリアム・ギャラガーが立ち上げたファッション・ブランド、プリティ・グリーンの洋服をたくさんもらったのだが、それをチャリティ・ショップの入口に置いてきたことに対してブチきれられたのだという。

オアシスの解散後、リアム・ギャラガーはノエル・ギャラガー以外の元メンバーと共にロック・バンド、ビーディ・アイを結成する一方、ノエル・ギャラガーはソロ・アーティストとして、オアシスの延長線上にあるタイプであったり、ダンス・ミュージックの要素を取り入れたエクレクティックな音楽などを発表していくようになる。一般的な評価はのノエル・ギャラガーの方が高く、ビーディ・アイは2作のアルバムをリリースした後、2014年に解散する。それから、リアム・ギャラガーのソロ・アーティストとしての活動が本格化していくのであった。

オアシスの音楽的支柱はノエル・ギャラガーだったとして、バンドがあれだけの人気と評価を得るにあたっては、やはりリアム・ギャラガーのボーカルやカリスマ性などが不可欠であったことは間違いない。フーリガン的にも感じられるが、スウィートでテンダーなところもある、そのような人間的なところも含め、その存在は時を経て、デビュー当時の衝撃やブリットポップの狂騒が遠い過去になるにつれて、ナショナル・トレジャー的なものとして、広く認識されてきているように思える。特にボーカリストとしてはオリジナリティがひじょうに感じられ、それはオアシス時代の楽曲も収録した2020年のライブ・アルバム「MTVアンプラグド(ライヴ・アット・ハル・シティ・ホール)」においても明らかであった。

リアム・ギャラガーのソロ・アーティストとしてのアルバムは、ビーディ・アイやオアシスの一部の作品よりも楽しめるようなところもあり、音楽的にそれほどユニークでエクスペリメンタルではなかったとしても、このボーカルさえあればそれなりにナイスな作品になってしまうのではないか、とさえ思えるレベルであった。そして、今回の「カモン・ユー・ノウ」である。おそらくこれもまた、その延長線上にあるようなアルバムなのだろうと思い、聴いてみたのだが、これがまさにユニークでエクスペリメンタルなところも感じられる作品になっていて、とても楽しめているというのが現状である。

アルバムの1曲目に収録された「モア・パワー」は、まず子供たちのコーラスからはじまり、ローリング・ストーンズ「無情の世界」あたりを思い出さなくもない。そして、リアム・ギャラガーのボーカルには元来のオリジナリティに加え、相応の成熟も感じさせながらも、「オー・イェー」というフレーズに宿るポップ感覚に感服させられたりもする。曲はじわじわ盛り上がっていくタイプでありながら、マイルドな実験性も感じられる。「アイム・フリー」にはなんと、オーガスタス・パブロ的なレゲエ、ダブ的な要素も加わっている。「ベター・デイズ」はザ・ヴァーヴ「ビタースウィート・シンフォニー」的ともいえるストリングスではじまったかと思いきや、ドラムスにはビートルズ「トゥモロー・ネバー・ノウズ」的というのか、兄のノエル・ギャラガーが参加して全英シングル・チャートで1位に輝いたケミカル・ブラザーズ「セッティング・サン」を思い起こさせるようなところもある。さらにはやはりビートルズ「リボルバー」的でもある、テープ逆回転的なサイケデリック感覚のようなものもあり、らしからぬエクレクティックぶりである。これにもちろんリアム・ギャラガーのボーカルなのだから、とても良いというものである。

とはいえ、このエクスペリメンタルでエクレクティックな感じは、それほどマニアックではないというのか、あくまでカジュアルに導入されている感がとても良いと思うのである。この軽さもまた、オアシスの特に初期の大きな魅力でもあったと感じられる。これがよりシリアスで辛気くさくなっていくと、ノエルロックだとかダッドロックだとかと呼ばれたりもした、生真面目でユーモアに欠けたギター・ロック・バンドの数々を生み出した感じに近づいていくのだが、この「カモン・ユー・ノウ」というアルバムはそれとは対極に近いところにあり、そこがとても良いのである。これにはアルバムのメインのプロデューサーであり、ソングライターとしても何曲かでかかわっているアンドリュー・ワイアットによるところもひじょうに大きいのではないかと思える。

コンテンポラリーなポップ・アルバムとして、それほどエポックメイキングというわけではもちろんないのだが、今日におけるリアム・ギャラガーのような、いまやオーセンティックでエスタブリッシュされてすらいるタイプのアーティストがこれだけのキャリアを重ねた上でリリースする作品としては、ひじょうにユニークで、ボーカリストとしての魅力をまた新たな方法で引き出すことに成功しているといえるかもしれない。