フリートウッド・マックは1967年のロンドンでピーター・グリーンによって結成された、当初はブルースバンドであり、バンド名はメンバーのミック・フリートウッドとジョン・マクヴィーの苗字に由来する。
インストゥルメンタル曲の「アルバトロス(あほうどり)」が全英シングルチャートで1位に輝いたり、「ブラック・マジック・ウーマン」をサンタナがカバーしてヒットさせるなど、当時から人気はあったのだが、本格的に今日よく知られるフリートウッド・マックの音楽性になったのは、ピーター・グリーンが脱退し、フォークロックデュオとして活動していたリンジー・バッキンガムとスティーヴィー・ニックスが加入した1970年代中旬以降である。
特に1977年にリリースされたアルバム「噂」は大ヒットして史上最もよく売れたアルバムの1つとして知られているのだが、セールス的なピークは1980年代までだったとはいえ、その音楽は再評価とともに聴かれ続け、2018年にリリースされたコンピレーションアルバム「ドント・ストップ 50年の軌跡」は2020年代半ばにおいても全英アルバムチャートの上位にランクインし続けている。
今回はそんなフリートウッド・マックのカタログの中から特に人気の高い10曲を厳選し、振り返ると共に簡単な説明や取るに足らない個人的な感想などを付け加えていきたい。
Rhiannon (1975)
1970年代中旬、活動拠点をイギリスからアメリカに移そうとしていたフリートウッド・マックのドラマー、ミック・フリートウッドは、サンフランシスコのサウンド・シティ・スタジオを視察した際に、エンジニアのキース・オルセンから聴かせてもらったバッキンガム・ニックスというフォークロックデュオの楽曲「フローズン・ラヴ」に感銘を受け、メンバーのリンジー・バッキンガムに加入を依頼することになるのだが、リンジー・バッキンガムは公私共にパートナーであったスティーヴィー・ニックスも一緒に加入させてもらうことを条件にこれを承諾した。
「リアノン」はフリートウッド・マックにリンジー・バッキンガムとスティーヴィー・ニックスが加入してから最初のアルバム「ファンタスティック・マック」に収録された楽曲で、後にシングルカットされ全米シングルチャートで最高11位のヒットを記録するのだが、スティーヴィー・ニックスがフリートウッド・マックに加入する以前に書いていた楽曲で、元々はバッキンガム・ニックスの次のアルバムに収録する予定だったのだという。
スティーヴィー・ニックスはアメリカの作家、メアリー・バートレット・リーダーによる超自然的スリラー小説「トライアド」にインスパイアされてこの曲を書いていて、ライブでは「ウェールズの魔女」についての曲だと説明していたが、後にこの「リアノン」というのがウェールズ神話の女神だということを知る。
黒い衣装を身にまとったスティーヴィー・ニックスのエモーショナルなボーカルパフォーマンスが印象的なこの楽曲は、フリートウッド・マックのライブにおける1つのハイライトとなった。そして、この曲のヒットも影響して、「ファンタスティック・マック」はリリースから1年以上を経て、全米アルバムチャートのトップに輝いたのだった。
Landslide (1975)
フリートウッド・マックのアルバム「ファンタスティック・マック」に収録された楽曲で、「リアノン」と同様にスティーヴィー・ニックスがバンドに加入するよりも以前に書いていた曲である。
リンジー・バッキンガムとのデュオでアルバムをリリースはしたものの、あまり売れずに契約を切られ、父からはあと半年だけ音楽活動を続けて、それでもうまくいかないようなら学費は支援するので学校に戻るのはどうか、などとも言われていた。
そんな状況下でスティーヴィー・ニックスはリンジー・バッキンガムとコロラド州アスペンを訪れるのだが、山々に囲まれた壮大な景色を見て、ここで雪崩が起きたとすれば、自分にはどうすることもできないだろうというような思いを曲にしたのがこの「ランドスライド」である。
当時、「ファンタスティック・マック」からこの曲はシングルカットされなかったのだが、その後も長く聴かれ続け、スマッシング・パンプキンズやディクシー・チックスなど何組ものアーティストにカバーされたり、2025年にはNetflixの人気シリーズ「ストレンジャー・シングス 未知の世界」の最終シーズンで効果的に使われることによって再注目された。
Go Your Own Way (1976)
スティーヴィー・ニックスとリンジー・バッキンガムはフリートウッド・マックに加入する以前からの公私におけるパートナー同士だったのだが、多くのロマンスと同様にやがて別れが訪れる。
「ゴー・ユア・オウン・ウェイ」はこの別れについて、リンジー・バッキンガムの視点から書かれた楽曲であり、アルバム「噂」からのリードシングルとしてリリースされると、フリートウッド・マックにとって初の全米トップ10ヒットとなった。
リンジー・バッキンガムは交際期間中にスティーヴィー・ニックスが他の男性と同棲していたと疑い、「荷物をまとめて、一緒に暮らすことだけが君の望みだ」という歌詞を書いた。これに対し、スティーヴィー・ニックスはそのような事実はないので曲からこの歌詞を削除してほしいと要求したのだが、それは拒絶されてしまった。
これを同じバンドのメンバーとしてステージ上で一緒に演奏するのだから、その緊張感は相当なものだったと推測される。しかし、楽曲のポップソングとしてのクオリティが高いこともあって、元々は個人的な恨み節的にニュアンスで書かれたであろう「自分の道を行きなよ」というフレーズは自由や解放を祝福するかのようなアンセミックな響きをともなって支持されているようにも思える。
Dreams (1977)
スティーヴィー・ニックスがリンジー・バッキンガムとの別れについて自身の視点から書いた楽曲がこの「ドリームス」であり、アルバム「噂」から2枚目のシングルとしてリリースされ、全米シングルチャートではフリートウッド・マックにとって初にして唯一の1位に輝いた。
アルバムのレコーディング当時、スティーヴィー・ニックスとリンジー・バッキンガムのみならず、バンドメンバーの全員が破局の渦中にいた。クリスティン・マクヴィーと元夫のジョン、そして、ミック・フリートウッドとその妻である。しかも、現場にはドラッグが蔓延していた。
このようなメロドラマ的ともいえる状況下においてレコーディングされた「噂」は大ヒット(全米アルバムチャートでは連続しない通算31週1位)して、歴代で最もよく売れたアルバムの1つとして知られるのみならず、グラミー賞で最優秀アルバム賞を受賞したり、様々なメディアが発表するオールタイムベストアルバム的なリストでも上位に挙げられることが多い。
2020年にTikTokに投稿されたこの曲をBGMにオーシャンスプレーという海外ではとても有名なジュースを飲みながらスケートボードに乗る動画がひじょうにバズり、それがきっかけでこの曲に注目があつまるということもあったのだが、2026年5月にはスティーヴィー・ニックスの78歳の誕生日を祝ってか、リリース時以来、約49年ぶりに全英シングルチャートの20位以内にランクインするなど、ずっと聴かれ続けながら新しい世代のリスナーも増やしているように思える。
Don’t Stop (1977)
フリートウッド・マックのアルバム「噂」に収録されたクリスティン・マクヴィーが作詞・作曲した楽曲で、全米シングルチャートでは最高3位を記録した。
「明日のことを考え続けるのをやめないで」と苦境における希望のメッセージを込めたこの楽曲は、クリスティン・マクヴィーが8年間の結婚生活の末に別れることを決意したジョン・マクヴィーとの関係をテーマに書いたものである。しかし、ジョン・マクヴィーは同じバンドのメンバーとしてこの曲を長年一緒に演奏していたものの、それに気づいていなかったという。
ビル・クリントンは1992年の大統領選挙の際にこの曲をキャンペーンソングとして起用し、当選を果たすのだが、就任祝賀会では当時、分裂状態にあったバンドのメンバーが久々にあつまり演奏を披露した。
The Chain (1977)
フリートウッド・マックのアルバム「噂」に収録された楽曲で、シングルカットはされなかったものの、人気と評価はひじょうに高く、ライブでは最初に演奏されることが多かったり、1992年にリリースされた4枚組コンピレーションアルバムのタイトルにもなった。
完成しなかったいくつかの楽曲の断片をつなぎ合わせていて、当時のバンドメンバー全員がソングライターとしてクレジットされている唯一の楽曲となっている。スティーヴィー・ニックスが書いたパートではやはりリンジー・バッキンガムとの破綻しつつある関係をテーマにしていて、ジョン・マクヴィーによるベースラインは長年にわたり、イギリスのテレビでF1番組のオープニングテーマとして使用されていた。
Sara (1979)
「噂」が空前の大ヒットを記録したことにより、その次のアルバム制作には大きな期待とプレッシャーがあったと思われるのだが、完成したアルバム「牙(タスク)」は主にリンジー・バッキンガムの意向によってより実験的な音楽性の2枚組となった。
そういった要因もあって、当時は賛否が分かれ、「噂」ほどの商業的な成功もおさめられなかったのだが、後に実は時代をかなり先取った優れた作品だったのではないか、と再評価されることになる。
「牙(タスク)」に収録された楽曲の中で、スティーヴィー・ニックスが作詞・作曲した「サラ」はわりと親しみやすい方であり、シングルカットされると全米シングルチャートで最高7位のヒットを記録した。
リンジー・バッキンガムと別れた後、スティーヴィー・ニックスの心の支えとなっていたのがミック・フリートウッドだったのだが、後にスティーヴィー・ニックスの友人であったサラ・レコーと交際し、結婚することになる。この曲のタイトルはサラ・コナーにちなんでいた可能性もあるのだが、スティーヴィー・ニックスは交際していた当時、イーグルスのドン・ヘンリーとの間に女の子が生まれたら「サラ」という名前を付けようともしていた。
Gypsy (1982)
フリートウッド・マックのアルバム「牙(タスク)」は前作の「噂」ほどは売れなかったとはいえ、全米アルバムチャートで最高4位、全英アルバムチャートでは1位に輝いていて、通常の感覚だとじゅうぶんにヒットしたとはいえる。
次のアルバム「ミラージュ」で音楽性はよりポップでキャッチーになって、全米アルバムチャーとでは1位に返り咲いたが、全英アルバムチャートでは最高5位に終わっていた。
「ベストヒットUSA」を見たり「全米トップ40」を聴きながら大学ノートにチャートを記録していた世代の洋楽リスナーにはこの頃の印象が強いかもしれないが、スティーヴィー・ニックスはこの前年にリリースしたソロアルバム「麗しのベラ・ドンナ」から「嘆きの天使」「エッジ・オブ・セブンティーン」をヒットさせたり、リンジー・バッキンガムもソロアルバム「ロー・アンド・オーダー」から「トラブル」が全米トップ10ヒット、ミック・フリートウッドもソロアルバム「ザ・ビジター」をリリースするなどしていた。
「ミラージュ」からのシングルで最もヒットしたのはアメリカでは「ホールド・ミー」、イギリスでは「オー・ダイアン」だったのだが、後に最も良く聴かれるようになるのは、スティーヴィー・ニックスが作詞・作曲した「愛のジプシー」であった。
若かりし頃の貧しいが自由で気ままな生活を振り返る内容のこの楽曲は当初、スティーヴィー・ニックスのソロアルバム「麗しのベラ・ドンナ」に収録される予定だった。友人のロビン・サンダーが白血病で亡くなったとき、スティーヴィー・ニックスはこの曲を彼女に捧げた。
2017年にはNetflixのドラマシリーズ「ジプシー」のために、この曲のアコースティックバージョンが発表された。
Little Lies (1987)
「ミラージュ」のツアーが終わった後、フリートウッド・マックは活動宮状態となり、中心メンバーはそれぞれソロ活動を行っていたのだが、クリスティン・マクヴィーが映画のサウンドトラックに提供する楽曲をレコーディングするにあたり、リンジー・バッキンガムにプロデュースを依頼し、ジョン・マクヴィーとミック・フリートウッドがコーラスで参加したことをきっかけに、バンドとしての活動を再開し、アルバム「タンゴ・イン・ザ・ナイト」を制作することになる。
クリスティン・マクヴィーが作詞・作曲した「リトル・ライズ」はシングルカットされ、全米シングルチャートで最高4位のヒットを記録した。「私に嘘をついて、甘い小さな嘘をついて」と歌われるこの曲は破綻している恋愛関係をテーマにしていると思われるが、当時、クリスティン・マクヴィーはこの曲を共作したエディ・クインテラと結婚したばかりであり、以前の恋愛における体験をモチーフにしている可能性が高い。
Everywhere (1987)
アルバム「タンゴ・イン・ザ・ナイト」からシングルカットされたクリスティン・マクヴィーの作詞・作曲による楽曲で、全米シングルチャートでの最高位は14位だったが、全英シングルチャートでは最高4位と最もヒットした。
「ああ、私はあなたとどこへでも一緒にいたい」と歌われるこの楽曲は恋に落ちたときの浮かれモードな心理状態をテーマにしていて、ポップでキャッチーな曲調をもあいまって、長きにわたり多くのリスナーを獲得している。
2013年にはイギリスで「どこにいても」というテーマがピッタリな携帯電話のCMに使われリバイバルヒットして、全英シングルチャートの15位まで再浮上した。
また、2022年はシボレーの電気自動車、2024年にはインターネットによる決済サービス、PayPalのCMに使えわれることによって、さらに人気を高めている。特に「どこでもPayPalで支払いたい」とファレル・ウィリアムスが歌うCMが放送されて以降は、全英シングルチャートのどこかにランクインしていることが多い。
