パブリック・エナミーの名曲ベスト10

アメリカのヒップホップ・グループ、パブリック・エナミーは1960年8月1日生まれのチャックDとフレイヴァー・フレイヴによって、1985年に結成された。RUN DMCがエアロスミスとコラボレーションしたシングル「ウォーク・ディス・ウェイ」がヒットするなど、ヒップホップがロックやポップスのリスナーからも注目されはじめた頃、ビースティ・ボーイズ、LL・クール・Jらと共にデフ・ジャム・レコーディングスに所属するグループとして注目をあつめた。反レイシズムを掲げたメッセージ性の強いリリックとラップ、緊張感がただよいエキサイティングなサウンドによって、パンク/ニュー・ウェイヴやインディー・ロックのリスナーからも支持されがちであった。「NME」の年間ベスト・アルバムでは、デビュー・アルバムの「YO!バム・ラッシュ・ザ・ショウ」とその次の「パブリック・エナミーⅡ」で2年続けて1位に選ばれている。BLM運動の高まりやマイルドなファシズム化の進行といったきな臭いムードが漂いがちな2020年代、たとえば「ローリング・ストーン」誌のオール・タイム・ベスト系リストなどを見る限りだと、ポップミュージック史上におけるその重要性はより高まっているようにも思える。今回はそんなパブリック・エナミーの数ある楽曲の中から、これは特に重要なのではないかと思える10曲を挙げていきたい。

1. Fight The Power (1989)

スパイク・リー監督の映画「ドゥ・ザ・ライト・シング」のテーマソングにして、劇中でも登場人物のラジオ・ラヒームの巨大なラジカセ(ブームボックス)から何度も聴こえてくる。権力と闘えというメッセージは、レベル・ミュージックの基本的な姿勢であり、これにパンク/ニュー・ウェイヴ的なリスナーが飛びつきがちだったのも必然だったかもしれない。「ローリング・ストーン」が2020年に発表したオール・タイム・ベスト・ソングのリストでは、アレサ・フランクリン「リスペクト」に次ぐ2位に選ばれていた。後に1990年のアルバム「ブラック・プラネット」にも収録された。

2. Bring The Noise (1987)

「パブリック・エナミーⅡ」の2曲目としての印象が強いこの曲だが、最初にリリースされたのはブレット・イーストン・エリスの小説を映画化した「レス・ザン・ゼロ」のサウンドトラック・アルバム収録曲としてであった。ボム・スクワッドに緊張感溢れるサウンドとチャックDのラップに、ただならぬ雰囲気を感じずにはいられない。ジャンルを問わず、当時のポップ・ミュージック界で最も刺激的な音楽だったような気がする。ヨーコ・オノの名前がラップに登場する。後にスラッシュ・メタル・バンドのアンスラックスとコラボレーションしたバージョンがリリースされ、全英シングル・チャートで最高14位を記録している。

3. Don’t Believe The Hype (1988)

ハイプに騙されるな、というメッセージが込められたこの曲もそうなのだが、パブリック・エナミーにはコピーライター的なセンスにも優れていたような気がする。チャックDはラップはブラック・アメリカにとってのCNNだ、というようなことも言っていたわけだが、「パブリック・エナミーⅡ」からシングル・カットされたこの曲などもリアルなブチ切れ感のようなものを、知的で不敵な方法によって表現しているところがとても良い。

4. Rebel Without Pause (1987)

パブリック・エナミーのデビュー・アルバム「YO!バム・ラッシュ・ザ・ショウ」もひじょうに高い評価を受けていたのだが、LL・クール・Jやエリック・B&ラキムらとのツアーを終えた時点で、チャックDにとってはすでに時代遅れように感じるところもあったのだという。ハンク・ショックリー率いるボム・スクワッドがつくり出すマッドなサウンドは、すでに次の段階に向かっているということが感じられる。それで、「パブリック・エナミーⅡ」に向けて最初にリリースされたのがこのシングルであった。タイトルはジェームス・ディーン主演の映画「理由なき反抗」の原題である「Rebel Without Cause」にかけたものである。

5. 911 Is A Joke (1990)

パブリック・エナミーの3作目のアルバム「ブラック・プラネット」からシングル・カットされ、全米シングル・チャートにはランクインしなかったが、ラップ・シングル・チャートでは「ファイト・ザ・パワー」に続いて1位に輝いた。タイトルに入っている「911」とはアメリカにおける緊急電話番号であり、日本でいうところの110番と119番が一緒になったようなものである。それがなぜジョークなのかというと、電話をかけても対応がじゅうぶんにされていないからである。チャックDではなくフレイヴァー・フレイヴのラップがメインになっているのもこの曲の特徴である。

6. Welcome To The Terrordome (1990)

ボム・スクワッドによるサウンドの革新性とチャックDのラップの強さが最もきわまった瞬間、などともいわれがちな楽曲で、アルバム「ブラック・プラネット」からの先行シングルである。全米シングル・チャートにはまたしてもランクインせず、ラップ・チャートでは最高3位である。全英シングル・チャートでは最高18位を記録している。途中で「カモン、ダンス」というフレーズがあるのだが、これだけ過激なサウンドであっても、ダンス・ミュージックとしての機能性もあるのか、と思わされたりもする。

7. Black Steel In The Hour Of Chaos (1988)

「パブリック・エナミーⅡ」収録曲だが、サウンドはミニマリスト的でもあり、ストーリーテリング的なチャックDのラップが存分に味わえる楽曲となっている。イギリスのトリップ・ホップ・アーティスト、トリッキーのソロ・デビュー・アルバム「マクシンクェーイ」に「ブラック・スティール」のタイトルで収録されたカバー・バージョンもとても良い。

8. Shut’Em Down (1991)

パブリック・エナミーの4作目のアルバム「黙示録91」から4枚目のシングルとしてカットされ、これもまた全米シングル・チャートにはランクインしていないが、ラップ・チャートでは1位に輝いている。大企業によるブラック・コミュニティにたいする労働搾取を糾弾する内容となっている。

9. Give It Up (1994)

パブリック・エナミーの5作目の「ミュージック&アワ・メッセージ」からの先行シングルで、全米ラップ・シングル・チャートでは最高5位だったが、全米シングル・チャートでの最高33位はすべての楽曲の中で最も高い。ポップ・ミュージック界のトレンドは変わっても、もはやパブリック・エナミー節とでもいうべきものを獲得しているな、などと感じさせられた。

10. Bring The Noize (feat. Anthrax) (1991)

「ブリング・ザ・ノイズ」ふたたび、しかしよく見ると「ノイズ」のスペルが「Noise」ではなく「Noize」である。これはスラッシュ・メタル・バンド、アンスラックスとのコラボレーションによるカバー・バージョンで、チャックDもノリノリで参加している。ラップとメタルの組み合わせといえば、この後にいろいろなバンドがブレイクしていくわけだが、この時点ですでにそれぞれの界隈におけるトップクラスのアーティストによるコラボレーションが実現していたということになる。