The 500 Greatest Songs of All Time : 320-311

320. Fell In Love With a Girl – The White Stripes (2001)

ザ・ホワイト・ストライプスのアルバム「ホワイト・ブラッド・セルズ」からシングルカットされ、全英シングル・チャートで最高21位を記録した。

愛と欲望が迸るパッションを1分50秒間のロックンロールに凝縮したかのような、素晴らしい楽曲である。

ミシェル・ゴンドリーが監督したミュージック・ビデオはレゴブロックを用いたアニメーションになっていて、そのエポックメイキングな感じが高く評価されたりもした。

後にジョシュ・ストーンが「フェル・イン・ラヴ・ウィズ・ア・ボーイ」としてカバーしている。

319. Under Pressure – Queen & David Bowie (1981)

クイーンとデヴィッド・ボウイという人気アーティスト同士がコラボレーションしたシングルで、全英シングル・チャートではクイーンにとって「ボヘミアン・ラプソディ」に続き、通算2曲目の1位に輝いた。

全米シングル・チャートでのクイーンは1980年代に入ると「愛という名の欲望」「地獄に道づれ」が連続して1位に輝くなど好調だったのだが、この曲は最高29位に終わっている。「グレイテスト・ヒッツ」のアメリカ盤には収録され、先行シングルのような感じでもあったのだが、イギリス盤の方には収録されていなかった。

後にヴァニラ・アイスの全米NO.1ヒット「アイス・アイス・ベイビー」に無断で使用されことにより訴訟沙汰になりかけた、あの印象的なベースラインは誰によって考案されたのかという点については諸説あるようだが、クイーンのベーシスト、ジョン・ディーコンがつくったがピザを食べにいっているうちに忘れたのを他のメンバーが思い出し、それをデヴィッド・ボウイが少し改良した、という説が有力なようだ。

318. I Just Don’t Know What to Do with Myself – Dusty Springfield (1964)

ダスティ・スプリングフィールドが1964年の夏にリリースしたシングルで、全英シングル・チャートで最高3位のヒットを記録した。邦題は「恋のとまどい」である。

バート・バカラックとハル・デイヴィッドのコンビによる切ない失恋ソングで、恋人と別れたがまだ立ち直り切れていない時の悲しくて寂しい気持ちがヴィヴィッドに表現されている。

この曲を最初にレコーディングしたのはチャック・ジョンソンというR&Bシンガーで、その後もトミー・ハントがリリースしたりもしていたのだが、有名にしたのはダスティ・ヒットしたスプリングフィールドのバージョンであった。

ザ・ホワイト・ストライプスのガレージロック的なカバーも、激しくヘヴィーでとても良い。

317. Velocity Girl – Primal Scream (1986)

プライマル・スクリームのシングル「クリスタル・クレッセント」のB面に収録された約1分22秒間のインディー・ポップで、特にヒットはしなかったのだが、「NME」がリリースしたカセットテープ「C86」の1曲目に収録されたことなどによって広く知られるようになり、インディー・ポップ・クラシックとしての評価を定着させた。

この曲がリリースされた頃、ボビー・ギレスピーはジーザス&メリー・チェインを脱退し、プライマル・スクリームでの活動に専念しはじめたばかりであった。

1990年代に活動していたアメリカのインディー・ロックバンド、ヴェロシティー・ガールのバンド名はこの曲に由来している。また、マニック・ストリート・プリーチャーズは1996年のシングル「オーストラリア」のB面でこの曲をカバーしている。

316. Sing It Back – Moloko (1999)

モロコのアルバム「アイ・アム・ノット・ア・ドクター」からシングルカットもされた楽曲をドイツの音楽プロデューサー、ボリス・ドクルゴッシュがリミックスし、全英シングル・チャートで最高4位のヒットを記録した。

ニューヨークのクラブで開催されていたDJパーティー「ボディ・アンド・ソウル」の熱気にインスパイアされた楽曲で、クラブ・ミュージック的な感覚とポップソングとしての強度が高いレベルで両立しているように感じられる。イケイケ気味でもありながら、ボーカルとメロディーに切なさがにじんでいるようなところがとても良い。

レーベルはトッド・テリーによってリミックスされたバージョンをリリースしようとしていたのだが、メンバーがこちらの方を熱望し、リスナーも支持するという結果になった。

315. Fuck tha Police – N.W.A. (1988)

N.W.A.のデビュー・アルバム「ストレイト・アウタ・コンプトン」の収録曲で、タイトルにもあらわれているように、ロサンゼルス市警察の人種差別的な態度、行動を激しく非難する内容である。

そのインパクトの強さから放送禁止になったり、FBIから警告を受けたりもしていたが、そのメッセージは妥当であり、発売された当時から35年が経とうとしているにもかかわらず、残念ながら有効である。

当時は特に保守的な識者などから非難されたりもしていたのだが、現在ではこの曲を収録したアルバム「ストレイト・アウタ・コンプトン」が文化的、歴史的、芸術的に重要であることが認められ、アメリカ議会図書館にも保存されている。

314. Just Can’t Get Enough – Depeche Mode (1981)

デペッシュ・モードのデビュー・アルバム「ニュー・ライフ」から先行シングルとしてリリースされ、全英シングル・チャートで最高8位を記録した。

この軽快でチャーミングなシンセ・ポップソングを作詞作曲したのはデペッシュ・モードのオリジナルメンバーでもあったヴィンス・クラークだが、この後、バンドを脱退し、アリソン・モイエとのシンセ・ポップユニット、ヤズーを結成し、「オンリー・ユー」などをヒットさせる。

313. Sheela-Na-Gig – PJ Harvey (1992)

PJハーヴェイのデビュー・アルバム「ドライ」から先行シングルとしてリリースされ、全英シングル・チャートで最高69位を記録した。

タイトルになっている「シーラ・ナ・ギグ」というのはイギリスやアイルランドの古い建物に見られる裸体の彫刻で、女性器を大きく広げたりしているのが特徴である。

PJハーヴェイはこの曲にユーモアも込めたつもりだったようだが、フェミニストアンセムとしても機能し、「NME」「メロディー・メイカー」といったイギリスのインディー・ロック系メディアでは一躍、注目されるようになった。

312. I Can’t Explain – The Who (1964)

ザ・フーがザ・ハイ・ナンバーズから改名して最初にリリースしたシングルで、全英シングル・チャートで最高8位を記録した。

好きな相手に想いをうまく伝えられないシャイなハートをご機嫌なロックンロールにのせて歌っているように聴こえるが、うまく話せないのは薬物のせいという解釈も可能である。

コーラスグループののアイヴィー・リーグやスタジオミュージシャン時代のジミー・ペイジも、この曲のレコーディングに参加している。

311. Caught by the Fuzz – Supergrass (1994)

スーパーグラスのデビュー・シングルで、全英シングル・チャートで最高43位を記録した。

メンバーのギャズ・クームスが15歳の頃に大麻所持で警察に捕まった実体験に基づいている。若さが迸りまくった性急さがとても良いのだが、それでいてメロディーやコーラスにはポップソングとしての強度が感じられる。

イギリスのインディー・ロックがメインストリームでも大いに受けていて、ブリットポップがムーヴメントとして盛り上がりはじめていた頃に、またしても有望な新人バンドが登場したとかなり話題になっていた記憶がある。