第12回ytv漫才新人賞

2023年3月19日、日曜日午後3時から大阪の読売テレビが主催するお笑いの賞レース「第12回ytv漫才新人賞決定戦」が開催され、近畿地方をサービスエリアとする読売テレビのみならず、Tverを通じて全国の視聴者に向けて生配信された。

「ytv漫才新人賞」はROUND1からROUND3まで年に3度行われる選考会のそれぞれ上位2組と、今回から選考会で上位2組に入れなかったコンビのうち、審査員から最も高い得点を獲得していた1組の計7組が決定戦に進出し、優勝を争うことになっている。

Tverでは決定戦が行われる少し前から今回の選考会と前回の決定戦を再配信し、これまでの流れを再確認したり、まったく新しく見はじめることができるようになっていた。全て見ていたのだが、気分を盛り上げるためと、どうせ期間限定の配信であり、すぐ見られなくなるともったいないので全て見返した。

決定戦当日はTVerで生配信直前からスタンバイしていたのだが、今回はマウスというパソコンの会社がスポンサーに付いていて、CMがこれでもかというぐらいに流れたので、長野の工場で一台一台手づくりで作られていることや、24時間電話サポートを行っているが、電話がかかってこなかった時にはマウスのパソコンを買った客が平和だったのだな、と考えるだけであることなどはすっかり覚えた。そして、優勝コンビにも副賞としてノートパソコンが1台ずつもらえるらしく、前回優勝で副賞は無かったカベポスターが欲しそうにしていた。

司会は千鳥で大会サポーター的な役割を藤崎マーケットが果たしているのだが、これは選考会と同じである。藤崎マーケットは「第4回ytv漫才新人賞」で優勝している。「ytv漫才新人賞」ではほとんどの回において、ファーストラウンドで1位だったコンビが最終審査をも制して優勝しているのだが、第4回だけはファーストラウンドで2位だった藤崎マーケットが1位の和牛を逆転して優勝している。

別会場に無料観覧の観客を入れて、ライブビューイングを行なっているのだが、ここでのMCが藤崎マーケットで、前回の優勝コンビであるカベポスターもここにいる。また、「M-1グランプリ」で導入され、お笑い賞レースでは定番となった、暫定ボックスにもここが使われている。

オープニングのVTRがカッコよくてとても良い。BGMというかオープニングテーマ曲的にサンボマスター「ミラクルをキミとおこしたいんです」が使われている。コンビのオフショット的な映像もナチュラルに使われているのだが、出場資格が関西を拠点とする芸歴10年以内のコンビということで、青春の感じも伝わってきてかなり良い。熱いのだが暑苦しくはなく、適度に涼しげでもあるように感じられた。

今回、コウテイが選考会のROUND2で2位通過したことにより、決定戦に進出していたのだが、1月に解散してしまったため辞退となってしまった。しかし、オープニングのVTRでは映像が使われていて、「FOREVER RESPECT」などと書かれていたのがかなり良かった。

審査員はオール巨人、リンゴ、お〜い!久馬、小沢一敬、岩尾望の5名である。小沢一敬だけが関西出身の芸人ではないのだが、適度に東京的なテイスト(愛知県出身だが)な風を吹き込みながらも、若手芸人に対するリスペクトがあるので、バランス的にとても良いように感じられた。男性審査員の4人中3人が金髪ということに誰かが気がつき、それが話題にもなっていたのだが、1人だけ髪が黒いお〜い!久馬がいきなり、これR-1と同じでやらせですもんね、などとヤバめなことを言っていて楽しかった。

「R-1グランプリ2023」は2023年3月4日に決勝戦が行われ、田津原理音の優勝で幕を閉じたのだが、全体的にレベルが高く、優勝者にも概ね納得ということで、お笑いファンの間ではかなり好評だったのだが、生放送中に技術的な不手際があり、やらせを疑われるような事態となっていた。

今回、ROUND3を2位通過して決定戦に進出が決まっていた天才ピアニストが、竹内知咲の体調不良のため棄権となったことが発表された。「女芸人No.1決定戦 THE W 2022」で優勝し、勢いに乗っていて、今大会でも優勝候補の1組だったように思われる。これで7組で優勝が争われる予定だったのが、たったの5組ということになった。

ファーストラウンドの前に売れっ子漫才コンビが大会に花を添えるということで、和牛が登場した。「M-1グランプリ」で3年連続準優勝したが、敗者復活からの4位に終わった翌年に出場する資格を残しながら、自ら卒業することを決めたのだった。その後、メディアでの露出は一時期よりも減ったようにも思え、電車内で流れている消防署のCMにオズワルドなどと共に出演しているのを見かけた。

しかし、ひじょうにクオリティの高い漫才であり、圧巻であった。「M-1グランプリ」に出場していた頃よりも確実に技術が上がり、それが面白さにも繋がっているように感じられた。水田信二の嫌なタイプの人間の演じ方が素晴らしく、それに対する川西賢志郎のツッコミも爽快感を増している。この素晴らしいパフォーマンスなのだが、見逃し配信ではおそらくカットされている。

続くカベポスターもとても良かった。前回の優勝シーンで永見大吾が「ギャルしか勝たん!ハッシュタ〜グ!」などとやっているところが何度も再生され、あたかも本人のギャグのような印象も与えかねないが、あれは永見大吾を神格化のレベルで大好きで仕方がない、エルフの荒川がやっているギャグである。このシーンを見て卒倒した写真を、荒川はSNSにアップしていた。

ファーストラウンドでネタを披露したのは、敗者復活のチェリー大作戦からダブルヒガシ、ドーナツ・ピーナツ、フースーヤ、豪快キャプテンの5組である。

チェリー大作戦は独創的なネタをひじょうにたくさん持っている上に、宗安と鎌田キテレツ、それぞれのキャラクターが立っていてとても良い。今回のネタもオリジナリティがあってとても良かったのだが、オール巨人が複雑すぎて付いていけなくなるところがあるのではないか、というようなことを言っていた。

個人的には過去にゴスペラーズの曲で盆踊りを踊るというのを言葉だけではなく、実際にやっていたことだけですでにこのコンビのことを好きにならずにはいられない。

ダブルヒガシは前回の準優勝コンビで、今回は優勝候補の1組なのではないかと思われてもいたのだが、期待通りに大いに受けて、審査員からの高得点も獲得していた。何かテーマを決めた上で、それに対して大喜利的なボケに応酬をしていく。そこが面白みなのだが、感覚がひじょうにポップであり、より尖ったタイプを求める層にはいまひとつ物足りないところもあるのではないか、と感じないこともないのであった。

それを凌駕するぐらいの強度を持ったネタがあればそうとはいえないが、ものすごく面白いし受けはするのだが、満足はできないタイプのお笑いファンは確実に存在するのではないか、というような気はしていた。しかし、それを差し引いても東良介と大東翔生でダブルヒガシなのだが、番組が付けた「東東リベンジャーズ」というのは、まあそうなのだけれども、どうなんだと感じるところはあった。

最近は大阪の若手芸人でもスマートなタイプが少なくはなく、売れて東京に進出してすぐに順応するような傾向もあるように思えるが、ダブルヒガシにはどこか懐かしい大阪のコンビらしさも感じられて、個人的にはそこもかなり好感が持てるポイントである。

お〜い!久馬の審査員講評で「WBCも良いけどダブルヒガシーも良いね」などと言っていたのが、微笑ましくてとても良かった。

ドーナツ・ピーナツだが、いかにも若手芸人らしいポップさにはやや欠けるような気がするのだが、個人的には良い意味での懐かしさがあって、わりと好きである。中田カウスに弟子入りしているということである。北九州出身らしく、「ぶちまわすぞ」などスマートとは程遠い強いツッコミワードがナチュラルに飛び出したりもするのだが、これが引いてしまうレベルではなく面白さに繋がっている。審査結果は暫定1位のダブルヒガシと同点だったがこの時点で審査員による投票が行われ、1票差で2位ということになる。ここですぐに決めてしまうのは新しいし、個人的にはスッキリして良いと思った。

フースーヤはとにかくナンセンスギャグの乱れ打ちが芸風であり、本来は漫才の大会で上位に上がっても良いのかという意見もあるのではないかと思うが、選考会で披露したネタにはそれを凌駕して余りある強度があって、正統派しゃべくり漫才を評価しがちなオール巨人も大爆笑させるレベルであった。個人的にもこのコンビのポップさはかなり好きであり、優勝もじゅうぶんにあり得るのではないかと思っていたし、正直言って応援もしていた。

面白かったのだが、選考会の時ほど爆発していなかったというのは正直なところである。かなりユニークなことをやっているのだが、振り切りすぎたぐらいでもナチュラルにポップなのがフースーヤだと思うのだが、今回は一般的なポップに少し寄せているようにも感じられた。いや、それでもじゅうぶんに面白いし大好きであり、そもそもこのタイプの芸風で連続して決定戦まで進出していること自体が快挙ではあるのだが、さらに勝ち切るには少し足りなかったかもしれない。

豪快キャプテンは今回の決定戦進出コンビの中で知名度が圧倒的に低いのだが、選考会で披露したネタの圧倒的な強さで進出してきた。そして、同じネタをやった。まったく同じネタなのに、今回もとても面白く感じられた。ツッコミの芸名が山下ギャンブルゴリラなのだが、それに名前負けしていないぐらいにとても面白かった。今回がラストイヤーということである。ダブルヒガシとドーナツ・ピーナツが良すぎたために、惜しくも3位で最終決戦には進出できなかったのだが、じゅうぶんに爪痕は残したのではないだろうか。それにしても、明らかに「わたし20本」という返しを期待して振られたにもかかわらず、選考会の時に続いて対応できていなかったのは勿体なかった。

最終決戦はダブルヒガシとドーナツ・ピーナツによって争われることになったが、その前にミルクボーイ 、藤崎マーケット、笑い飯によるネタである。

ミルクボーイは「M-1グランプリ2019」で優勝したコーンフレーク、モナカと同じフォーマットのおかんが忘れるシリーズのネタで、動きを加えるなど創意工夫が見られた。それにしても、このシリーズで俄然強めなサイゼ、不二家でワープロ、男優などのネタがいずれもテレビではなかなかやりにくいというかほぼ不可能なのは、ひじょうに残念なことである。YouTubeでは見られるような気がする。

藤崎マーケットは得意のおるおるモノマネを冒頭で1個だけ入れながらも、最高なテニスコーチのネタである。ラララライ体操のリズムネタで一発屋のジレンマと戦いながらも、すっかり中堅の安定感を勝ち得た現在の存在感には1つの理想形を見るようなところもある。その真価は年末の「オールザッツ漫才」や「千原ジュニアの座王」などで発揮されがちである。

笑い飯は途中から寄席でずっと以前からやっているラーメン屋の行列の割り込みを注意するネタをやっていたが、天才ピアニストの棄権によって空いた時間を繋いだのではないかというような気もする。ルミネtheよしもとなどの寄席に笑い飯が出演すると、大抵これとガムの妖精の組み合わせで、つかみは「ようこそ揚子江ラーメンへ」だったのだが、大阪に実在したあのラーメン店も数年前には閉店したはずである。

さて、最終決戦である。ドーナツ・ピーナツは予選会でもやっていたキャバクラのネタで、若手の大会に相応しいかどうかはさておき、らしさが炸裂していてやはり面白い。そして、ダブルヒガシはオッサンとサシで飲める店という設定で、飲み屋を題材にしているという点で偶然にもドーナツ・ピーナツとやや被っている。しかし、実際にオッサンとサシで飲みたいという設定は一般的にはひじょうに共感しにくいわけで、この時点で不利なのではないかとも考えられる。

しかし、初めは拒絶しているものの、急激に容認というか切望に切り替わる契機があまりにも漫画的すぎて眩暈がする。そして、いわゆるオッサンとサシで飲める店のクオリティーの高さである。特に楽曲のクオリティーの高さが圧倒的であり、面白さの中にペーソスがにじむ。そして、ここでやはり客席が沸いているのと同時に、審査員の心も掴んだように思える。設定は限定的だが、メッセージに汎用性があるからである。そして、このように生きるのも悪くないというか、このように生きられたらどんなにか良いだろうと思ったりもする。

この強度にはそもそもこういった芸風がそれほど得意ではない視聴者をも納得させた、というか圧倒したのではないだろうか。審査結果が発表され、ダブルヒガシが「第12回ytv漫才新人賞」の優勝コンビとなった。

今回も実に充実した大会だったといえる。そして、大阪である程度の人気が出たコンビが次々と東京に拠点を移していく昨今、大阪の演芸らしい醍醐味を感じさせてもくれた。