The 1975「Being Funny in a Foreign Language(外国語での言葉遊び) 」【ALBUM REVIEW】

The 1975(ザ・ナインティーンセヴンティファイヴ)の5作目のアルバム「外国語での言葉遊び(Being Funny in a Foreign Language)」が2022年10月14日にリリースされた。いわゆるロックバンドとしては最も注目される存在として最新アルバムをリリースするのも、これで何作連続で、一体何年目になるのだろうか。2016年の「君が寝てる姿が好きなんだ。なぜなら君はとても美しいのにそれに全く気がついていないから。(I Like It When You Sleep, for You Are So Beautiful Yet So Unaware of It)」、2018年の「ネット上の人間関係についての簡単な調査(A Brief Inquiry into Online Relationships)」、2020年の「仮定形に関する註釈(Notes on a Conditional Form)」に続いて、今回も直訳気味の邦題が付けられている。そして、1曲目は「The 1975」というタイトルである。毎回このタイトルなのだがすべて違う曲である。「仮定形に関する註釈」においては曲ですらなく、若き環境活動家、グレタ・トゥーンベリによる気候変動についてのスピーチであった。

「仮定形に関する註釈」にはいろいろなタイプの曲がたくさん入っていて、もっと収録曲を厳選すればよりクオリティーの高いアルバムになり、評価もされたのではないかという意見がありがちであった。おそらく正しくもあるのだが、あのスキゾフレニア的ともいえる感じもまたThe 1975の魅力の1つともいえ、なかなかいかんともしがたいところがあった。あのアルバム自体の評価は微妙なところもあったわけだが、The 1975というバンドそのものの重要性というのは保持されたままで、今回のアルバムのリリースとなった。

「The 1975」という曲からはじまるところまではこれまでと同じなのだが、明らかな変化も確実にある。まずは今回は全11曲、約43分26秒と普通の長さだということである。そして、インターネット時代の申し子的なイメージも強いThe 1975にしては、サウンドがひじょうにオーガニックだというところも大きい。それは先行シングルとして発表されていた「Part of the Band」の時点でやや感じられていたことである。プロデューサーはテイラー・スウィフトやラナ・デル・レイの作品を手がけ、ソロプロジェクトのブリーチャーズ名義でも活動するジャック・アントノフである。そう考えると、いかにもな音楽性だということもできる。

中心メンバーのマシュー・ヒーリーは過去のいくつかのロックバンドのメンバーやアーティストと同様に、世代の代弁者的な役割を担わされがちなところもあったのだが、現実的にはその限界に気づいてしまったのか、正味の話がいろいろとうんざりしてしまったのか定かではないのだが、そこからの退行を見て取ることができる。たとえば「ネット上の人間関係についての簡単な調査」の頃の「Love It If We Made It」などに顕著なのだが、こんな時代にもかかわらずロックで世界を変えてやる的な姿勢がわずかながらも見られたところがThe 1975の特異性だと思われていたところもあった。しかし、かつてジョン・レノンが「神(God)」で歌っていたのとひじょうに近しい意味合いにおいて、夢は終わった、いまさら一体何が言えようという状況はあったのだと思われる。とはいえ、それがデフォルトでもある時代に、何をいまさら感というのがひたすら尊くもあり、オールドタイムないわゆるロックファンからはそれほど評判がよくない場合もあるマシュー・ヒーリーとThe 1975にわりと好意的な理由でもある。

1曲目の「The 1975」なのだが、いきなりLCDサウンドシステム「All My Friends」のピアノである。マシュー・ヒーリーとThe 1975は50歳代でもなければ17歳でもなく、30代のバンドである。そのことが強く打ち出された楽曲である。いろいろと誤解もされやすいとも感じるのだが、マシュー・ヒーリーという人は表現者としては実に生真面目なのではないかということが感じられ、だからこそThe 1975は時代を象徴する人気バンドでありながら、ひじょうに濃いめのファンも多いのだろうなと想像できたりもする。

そして、「Happiness」なのだが、サックスも最高な80年代的なファンキーなポップスである。このアルバムの特徴ともなりかねなかったオーガニックな路線とは少し外れてもいるのだが、こういうのも余裕でできてしまうのだという余裕を感じる。「Looking for Somebody (To Love)」はそこそこ物議をかもしそうといえばそうでもあるのだが、たとえば無差別殺人を企てる男の根拠を愛が不足しているからというところに帰結させているとも取れなくはない。これもまた80年代的ともいえるポップでキャッチーなサウンドについつい流されてしまいそうにもなるのだが、ここはなかなか見逃せないような気もする。The 1975というかマット・ヒーリーについては、いわゆるポリティカル・コレクトネス(政治的妥当性)的に正しくい続けるのは正直しんどいという境地に達しているようには思えて、それははなからそういうのはちょっと、というのではなく、それをちゃんとやろうとしたところ実はいろいろとしんどかった、という事情によるところが大きいように思える。そこで逆張りにいけるわけでもなく、だからこそ免罪符的な物言いが散見されもするのだが、この辺りの絶妙に微妙な感じが実にいとおしいと思えるリスナーこそが、本質的に最も楽しめるのかもしれない。知らんけど。

「Part of the Band」は少し前に初めて聴いた時に、The 1975はついにこの境地にまで達したのかと軽い感動を覚えもしたし、これが基準となるアルバムだとすると、かなりヤバめなのではないかと予測したりもしてはいたのだが、実際にはそこまではなってはいなく、逆に安心したというような状態である。「Oh Caroline」はやはり80年代ポップス的といっても、まさかのピーター・ガブリエル「SO」だとか後半のインスト面においては、TOTO的な要素すら感じさせる秀逸さであり、やはりある面における天才ではあるのだろうな、と感じずにはいられないのだった。かと思えば「I’m in Love With You」においてはホール&オーツ、しかも一歩先を行ったかと思いきや、それが時代のトレンドとの乖離のきっかけになったともいえる「BIG BAM BOOM」を彷彿とさせたりするところがひじょうに奥深い。

「All I Need To Hear」なのだが、ピアノの演奏を基調にしているが歪んだギターの音色が入ってきて、ここがひじょうに独特である。いろいろなことが日常にはあるのだが、君がそばにいてくれなければすべてはまったく意味がない、というようなラヴソングのクリシェ(常套句)がメインテーマとなっている。オーセンティックなラヴソングというか、スタンダードとなりうるような楽曲を志向しているとも感じさせられる。とにかく志は少なくともひじょうに高く、これはなかなか稀有であるということもできる。

「Wintering」はアップテンポでアッホームなクリスマスソング的な楽曲で、クリス・レアのあの曲を今日的な感覚でアップデートしたようにも思える。地元の知り合いたちの近況的なものをこと細かに織り込んでいるのはどこまでが実話でどこからがフィクションなのかは定かではないのだが、わりと親しげでとても良い。このような人間味とでもいうようなものが、この大前提としていろいろしょうもないのだが、不承不承やっていかざるをえない時代において、あえて強調していくべきものなのかもしれない。そう考えると偉いな、と心から感じ入ってしまうのである。 

「Human Too」はバラードであり、分かる人にはおそらく分かるであろう個人的にマイルドな謝罪をも含む。たとえばフィル・コリンズのバラードのような分かりやすさをも含んでいて、この辺りが実に感慨深くもある。次の「About You」はやはりバラードで、バンドのギタリスト、アダム・ハンの妻であるカーリー・ホルトのゲストボーカルもとても良い。いわゆるパワーバラード的で曲のタイプとしては分かりやすくもあるのだが、ミックスがトゥーマッチで異常であるのみならず、ボーカルにやや過剰なエコーのようなものがかけられてもいて、ロイ・オービソンやそれに影響を受けた一時期のブルース・スプリングスティーン的な効果さえ感じる。要は恋愛における過去の回想という、ポップミュージック史的には手垢がつきまくった題材を扱っているのだが、そのスタンダードに匹敵すらしようとする勢いが実に素晴らしい。

「When We Are Together」はやはりクリスマスを舞台設定として用いてもいるのだが、愛する人と一緒にいるということこそが最も重要なのだという至極真っ当かつ普通にも思われることを、尋常ではない心意気で歌っているようにも思える。

トータル的にThe 1975のこれまでのイメージでに反して、これでもかというぐらいに実直なメッセージに溢れたアルバムであり、それはざっくり言って個人的な親密さということになるのだが、バンドとして明らかに正しく成長した姿がここにはある。実はもう少しはみ出したようなところがあった方がおもしろいのではないかと思わなくもないのだが、これはそこに至るためにも必ず必要なプロセスのようにも思え、それにしてはかなり上出来だともいえる。次のアルバムもおそらくはいわゆるロックバンドとして最も注目されるバンドの新作として期待される可能性は、引き続きひじょうに高いのではないかと思える。とはいえ、現在のところはこのアルバムに含まれた音楽的な豊かさと旬な感覚を思う存分に楽しむことにしたい。