最高のポップソング500選(洋楽編)Part.5:1959-1961

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The Flamingos, ‘I Only Have Eyes for You’ (1959)

ドゥーワップグループのフラミンゴスが全米シングルチャートで最高11位のヒットを記録したこの楽曲は、1934年の映画「泥酔夢」のために書かれたスタンダードナンバーのカバーバージョンであった。「Sha bop sha bop」と書き起こすことができるコーラスやエコーの効いたサウンドがドリーミーなムードを醸しだし、日本におけるバブル期にはパーラメントというタバコのCMに使われたりもしていた。オールディーズ音楽の入門編的な役割も果たした1973年の映画「アメリカン・グラフィティ」のサウンドトラック盤にも収録されている。

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Ray Charles, ‘What’d I Say’ (1959)

レイ・チャールズがライブで全曲を演奏し終えたが時間が余っていたため、即興でこの曲を披露したところ反応が上々だったのでレコード化することにした。すでにR&Bチャートにはいくつものヒット曲を送りこんでいたレイ・チャールズだが、この曲で初めてポップチャートでもトップ10入りを果たし、その才能はより幅広く知られることとなった。ゴスペルとブルースを融合させたこの楽曲はソウルミュージックのはじまりともいわれ、コール&レスポンスやエレクトリックピアノの導入なども特徴的である。演奏時間が当時のシングルにしては長すぎたため、前半と後半をそれぞれ片面ずつに収録していた。当時の邦題は「何と言ったら」である。

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Etta James, ‘At Last’ (1960)

愛を見つけたことにより、長く続いていた孤独の苦しみから解放された喜びにあふれたこの楽曲はエタ・ジェームスの代表曲として知られるようになるが、オリジナルはグレン・ミラー楽団の演奏などで知られるスタンダードナンバーであった。当時、R&Bチャートで最高2位を記録したが、ポップチャートでは最高47位と大ヒットしたわけではなかったものの、長いあいだ愛され続け、結婚式の定番ソングや歌手のオーディションで歌われがちな楽曲として親しまれるようになった。2009年にはバラク・オバマ大統領の就任晩餐会でビヨンセが歌ったことも話題になった。

The Shirelles, ‘Will You Love Me Tomorrow’ (1960)

後にシンガーソングライターとしても大ブレイクを果たすキャロル・キングは当時まだ10代で、夫であるジェリー・ゴフィンとのソングライターチームでヒット曲を連発することになるのだが、その最初のヒットが全米シングルチャートで1位に輝いたガールグループ、シュレルズによるこの楽曲であった。今夜は愛を交わしあったのだが明日も愛してもらえるだろうか、という恋愛における深刻な不安や葛藤をテーマにした歌詞は当時としてはひじょうに新しかったのだが、これが大きな共感を呼んだ。キャロル・キングは1971年リリースの歴史的名盤「つづれおり」でこの曲をセルフカバーし、2021年にロックの殿堂入りを果たした際には、式典のオープニングでテイラー・スウィフトがこの曲を歌った。

Del Shannon, ‘Runaway’ (1961)

恋に破れた男の悲しみをテーマにしたデル・シャノンのこの楽曲は全米、全英のシングルチャートでいずれも1位に輝く大ヒットを記録し、印象的な高音ファルセットのボーカルやムジトロンと呼ばれる電子楽器のユニークなサウンドなど、音楽的にも聴きどころたっぷりである。日本では「悲しき街角」の邦題で知られ、その後も邦題に「街角」という単語が用いられ続けたことから、デル・シャノンは「街角男」と呼ばれたりもしていたらしい。ボブ・ディラン、ジョージ・ハリスン、ジェフ・リン、トム・ペティといった錚々たるメンバーが参加していたはずの覆面バンド、トラヴェリング・ウィルベリーズのリードボーカリスト、ロイ・オービソンが亡くなった後、後任のボーカリストとして期待されてもいた1990年に、デル・シャノンは自らの命を絶った。この事実がこの楽曲にさらなる哀愁味をただよわせているかもしれない。

Ben E. King, ‘Stand by Me’ (1961)

どんなときにも自分を支えてくれる大切な存在について歌われたこの楽曲は永遠のスタンダードとして愛され続けることになるのだが、歌っているのは「ラストダンスは私に」などのヒット曲で知られるコーラスグループ、ドリフターズを脱退したばかりのベン・E・キングである。1980年の年末にジョン・レノンがニューヨークの自宅マンション前で凶弾に倒れたとき、ニュースでよく流れていたのはこの曲を歌っている映像だったのだが、それは活動休止前の1975年にリリースしたカバーアルバム「ロックンロール」からシングルカットされたこの曲のミュージックビデオを流すのが手っ取り早かったからかもしれない。1988年にスティーヴン・キング原作でリヴァー・フェニックスが主演した映画「スタンド・バイ・ミー」のテーマソングとしてこの曲が使われ、リバイバルヒットしたのだが、特にイギリスでは全英シングルチャートの1位に輝いたのであった。

Patsy Cline, ‘Crazy’ (1961)

カントリー音楽界の大御所として知られるウィリー・ネルソンがまだ売れていなかった頃に書いた楽曲で、当初は歌ったパッツィー・クラインもまったく気に入っていなかったのだが、結果的にカントリーとポップスの垣根を越えたクロスオーバーヒットとなり、全米シングルチャートでは最高9位を記録した。どうにもならないと分かってはいるのだが、そこからなかなか逃れることができない恋愛のどうしようもなさを狂気じみていると表現したこの楽曲は、時代を越えてある一定のリスナーの心に刺さり続けるように思われる。

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