1987年の洋楽ロック&ポップス名曲ベスト20

日本のバブル景気を象徴するできごとともいえる安田火災海上がゴッホの「ひまわり」を53億円で落札した件が発生したのが昭和62年こと、1987年であった。村上春樹の小説「ノルウェイの森」と松任谷由実の「純愛三部作」第1弾「ダイアモンドダストが消えぬまに」が発売され、いわゆる「純愛」ブームのきっかけとなる。歌謡ポップス界では光GENJIがデビューしておニャン子クラブが解散、南野陽子が大人気になって、朝シャン、フリーター、カウチポテト、ペレストロイカといった言葉がポピュラーになったこの年にアメリカやイギリスなどでリリースされていたポップ・ソングから、重要と思える20曲を選んでいきたい。

20. Acid Trax – Phuture

ローランド社のTB-303というベース・シンセを用いてつくられたインストゥルメンタルの音楽はシカゴからイギリスに渡り、クラブ・シーンで大流行した。やがてアシッド・ハウスブームが起こり、メインストリームのポップ・ミュージックにも大きく影響をあたえていくのだが、その初期においてひじょうに重要な楽曲である。

19. I Should Be So Lucky – Kylie Minogue

テレビドラマ「ネイバーズ」に出演し、地元のオーストラリアではリトル・エヴァ「ロコモーション」のカバー・バージョンをヒットさせてもいたカイリー・ミノーグがイギリスのソングライター・チーム、ストック・エイトキン・ウォーターマンの楽曲を初めて歌い、全英シングル・チャートで1位を記録、ワールドワイドにブレイクを果たすきっかけとなった曲である。ユーロビートと呼ばれる電子楽器を用いたダンス・ミュージックが、この時代におけるバブルガム・ポップとして機能していることを印象づけた楽曲のようにも思える。

18. Push It – Salt-n-Pepa

ニューヨーク出身の女性ヒップホップ・グループ、ソルト・ン・ペパの代表曲である。当初は1987年のシングル「トランプ」のB面に収録されていたが、翌年にシングル表題曲としてリリースされ、全米シングル・チャートで最高19位のヒットを記録した。全英シングル・チャートでは初めは最高41位だったが、ネルソン・マンデラの70歳を祝うコンサートでパフォーマンスした後、2位まで上がった。キンクス「ユー・リアリー・ガット・ミー」の歌詞が引用されていることから、レイ・デイヴィスがクレジットされてもいる。

17. If I Was Your Girlfriend – Prince

プリンスのアルバム「サイン・オブ・ザ・タイムズ」からシングル・カットされ、イギリスではシングル・チャートで最高20位を記録したが、アメリカでは最高67位だった曲である。プリンスがボーカルのピッチを上げ、オルターエゴであるカミーユとしてレコーディングしていた曲でもある。好きな女性に対して、もしも自分が男ではなく同性の友達として接することができたとすれば、という願望について歌われている。

16. Girlfriend In A Coma – The Smiths

ザ・スミスの最後のアルバム「ストレンジウェイズ、ヒア・ウィ・カム」から先行シングルとしてリリースされ、全英シングル・チャートで13位を記録した。昏睡状態にあるガールフレンドについて、問題は深刻であり、悪いことが起こらないようにと歌われているのだが、そのトーンは軽快である。このシングルのB面に女性ポップ・シンガー、シラ・ブラックのカバーをモリッシーが収録させたことにジョニー・マーがブチ切れ、バンドが解散するきかっけともなった。

15. Rent – Pet Shop Boys

ペット・ショップ・ボーイズのアルバム「哀しみの天使」から3枚目のシングルとしてカットされ、全英シングル・チャートで最高8位を記録した。キュートでキャッチーなシンセ・ポップで、経済的に援助してもらっているタイプの恋愛関係について歌われている。「アイ・ラヴ・ユー、あなたは私の家賃を払ってくれる」というフレーズが印象的である。

14. True Faith – New Order

ニュー・オーダーの最も重要なアルバムはこれなのではないかともいわれるコンピレーション・アルバム「サブスタンス」に収録する新曲としてレコーディングされ、シングルとしてもリリースされた。この当時はメンバー間の人間関係も良好だったようで、楽曲にもその勢いがあらわれているようである。全英シングル・チャートで最高4位、全米シングル・チャートでも最高32位と初のトップ40入りを果たしている。

13. With Or Without You – U2

ブライアン・イーノによるプロデュースは前作に引き続きなのだが、何やらやたらとシリアスになった印象が強いアルバム「ヨシュア・トゥリー」からの先行シングルで、全米シングル・チャートで1位に輝いた。それまでの最高位が「プライド」の33位だったので大躍進ということになるが、イギリスでは逆に「プライド」が最高3位だったのに対し、この曲は4位であった。

12. It’s The End Of The World As We Know It (And I Feel Fine) – R.E.M.

カレッジ・ラジオで人気のインディー・ロック・バンドから次第にメインストリームにも進出してきていたR.E.M.のアルバム「ドキュメント」からシングル・カットされ、全米シングル・チャートでの最高位は69位とそれほど高くはなかったが、ボブ・ディラン「サブタレニアン・ホームシック・ブルース」をも思わせるストリーム・オブ・コンシャスネス的な内容と世界の終わりをテーマにしていることから、アメリカ同時多発テロ事件や新型コロナウィルス禍など、大規模な危機が訪れる度に取り上げられがちでもある。

11. Birthday – The Sugarcubes

ビョークが所属していたアイスランドのロック・バンド、ザ・シュガーキューブスの代表曲で、「NME」「メロディー・メイカー」のシングル・オブ・ザ・ウィークやジョン・ピールの年間チャートで1位に選ばれたりもした。ビョークによるボーカルのインパクトがとにかくすさまじく、インディー・ロック界隈ではひじょうに注目されていた。

10. The One I Love – R.E.M.

アルバム「ドキュメント」からシングル・カットされ、全米シングル・チャートで最高9位を記録した、R.E.M.にとって初のメインストリームでのヒット曲である。シンプルな歌詞は純粋なラヴ・ソングとしても解釈されがちだが、実際には恋愛絡みの裏切りや復讐について歌われているともいわれる。

9. It’s A Sin – Pet Shop Boys

ドラマティックで派手なアレンジが印象的なシンセ・ポップで、全英シングル・チャートで1位に輝き、全米シングル・チャートでも最高9位のヒットを記録した。邦題は「哀しみの天使」だが、キリスト教における原罪がテーマになっていると思われる。また、この時点でペット・ショップ・ボーイズのメンバーはゲイであることを公表していないが、この楽曲に含まれている意味は一般大衆にある程度は伝わっていたのではないかと思われる。

8. Bring The Noise – Public Enemy

ニューヨークでローカルなパーティー・ミュージックとして誕生したヒップホップだが、次第によりメッセージ性が強い作品も生まれるようになっていき、1987年にデビュー・アルバム「YO!バム・ラッシュ・ザ・ショウ」をリリースしたパブリック・エナミーは、その最先端であった。サンプリングを効果的に用いたサウンドとメッセージ性が強くテンションが高めのラップはヒップホップとしてのみならず、最新型のポップ・ミュージックであり、パンク・ロックやニュー・ウェイヴのようにも受け取られていたところもあり、「NME」で年間ベスト・アルバムに選ばれたりもしていた。この曲はブレット・イーストン・エリスの小説「レス・ザ・・ゼロ」を原作とする映画サウンドトラックに収録された新曲で、さらに新境地を開拓しているように思われるものであった。

7. Fairytale Of New York – The Pogues

ザ・ポーグスがゲスト・ボーカリストとしてプロデューサー、スティーヴ・リリーホワイトの妻でもあったカースティ・マッコールを迎えたデュエット・ソングで、全英シングル・チャートで最高2位を記録した。邦題は「ニューヨークの夢」で、かつての夢が破れた男女がお互いを罵り合うが愛し合っているという内容となっている。イギリスではクリスマスの週にシングル・チャートで1位になることに価値が置かれているが、この曲はペット・ショップ・ボーイズ「オールウェイズ・オン・マイ・マインド」に阻まれ、最高2位に終わった。しかし、いまやクリスマスの定番ソングとしてすっかり定着してもいて、2011年以降はシーズンになると必ず全英シングル・チャートに登場し、特に2018年以降は3年連続で最高4位のヒットを記録している。

6. Never Gonna Give You Up – Rick Astley

リック・ストリーのデビュー・シングルで、イギリスやアメリカのシングル・チャートで1位に輝いた大ヒット曲である。ストック・エイトキン・ウォーターマンによるユーロビートを象徴するような楽曲で、日本のディスコなどでも大ヒットした。音楽批評メディアの歴代ベスト・ソング的なリストにランクインしているのをほとんど見かけないような気もするのだが、この時代における最新型のポップ・ソングにして優れたバブルガム・ポップであるように思える。00年代の後半から海外のインターネット掲示板での釣り動画としてこの曲のビデオが多用されるケースがあり、YouTubeで10億回再生を突破したりもするのだが、騙されて視聴するはめになったにもかかわらず、感銘を受ける人々も少なくはなかったという。

5. Just Like Heaven – The Cure

ザ・キュアーのアルバム「キス・ミー、キス・ミー、キス・ミー」から3枚目のシングルとしてカットされ、全英シングル・チャートでの最高位は29位とそれほど高くはない。ロバート・スミスが後に妻になる人と海岸に旅をした時の思い出がベースになっているらしく、ダークな印象も強いザ・キュアーにしてはものすごくポップでキャッチーな楽曲になっている。ダイナソーJr.によるカバー・バージョンもとても良い。

4. Sweet Child O’ Mine – Guns N’ Roses

80年代のある時期までにおいては、パンク/ニュー・ウェイヴとハード・ロック/ヘヴィー・メタルが対立する概念として認識されているケースが多かったような気がするのだが、この年にデビュー・アルバム「アペタイト・フォー・ディストラクション」をリリースしたガンズ・アンド・ローゼズはいずれの陣営からもそれなりに評価されていたような気がする。この曲は翌年にアルバムから3枚目のシングルとしてカットされ、全米シングル・チャートで1位に輝いた。

3. I Wanna Dance With Somebody – Whitney Houston

1985年にリリースしたデビュー・アルバム「そよ風の贈りもの」から「すべてをあなたに」「恋は手さぐり」「グレイテスト・ラヴ・オブ・オール」と3曲の全米NO.1ヒットを記録し、一気に大ブレイクしたホイットニー・ヒューストンはその卓越した歌唱力が魅力で、バラードの印象もひじょうに強かった。満を持してリリースされた2作目のアルバム「ホイットニーⅡ~すてきなSomebody」からの先行シングルとしてリリースされたこの曲は、これぞ80年代ポップスというような快楽に溢れたキャッチーな楽曲で、ホイットニー・ヒューストンの新たな魅力を引き出すことに成功しているように思えるのと同時に、この時代のメインストリーム・ポップスの1つの到達点でもあるような気がする。

2. Paid In Full – Eric B. & Rakim

ヒップホップは注目すべきポップ・ミュージックの1ジャンルとしてのみならず、最新型のアートフォームとしても実に刺激的であった。エリックB&ラキムがこの年にリリースしたデビュー・アルバムのタイトルトラックだが、イギリスのDJユニット、コールドカットによってリミックスされたバージョンにはソウル・ミュージックのみならずイ、スラエルの歌手であるオフラ・ハザのボーカルなど多彩なサンプリングが用いられ、「7分間の狂気」というサブタイトルが付けられてもいた。全英シングル・チャートでは、最高15位のヒットを記録した。

1. Sign O The Times – Prince

1984年の「パープル・レイン」以降、毎年コンスタントに最新アルバムをリリースし、そのいずれもがポップ・ミュージックの最新型をアップデートしていたようなところもあるプリンスがこの年に発表したのはアナログレコードのみならずCDでも2枚組だった「サイン・オブ・ザ・タイムズ」である。プリンスの最も優れたアルバムと評されることもあるこの作品の1曲目に収録されたタイトルトラックで、先行シングルでもあるこの曲には、シンプルなサウンドに乗せて、当時の社会的イシューを取り扱ったトピカル・ソング的な側面もあった。冒頭の歌詞に登場する「短い名前の重病」とはエイズのことであり、「人は死なない限りしあわせにはなれないという」と歌われた後、「ああ、なぜなんだ」と続けられる。