フォンテインズD.C.は2017年にアイルランドのダブリンで結成されたロックバンドで、デビューアルバム「Dogrel」が全英アルバムチャートで最高9位、以降の「A Hero’s Death」「Skinty Fia」「Romance」はいずれも1位か2位を記録し、音楽批評メディアでの評価もひじょうに高い。近年では音楽フェスティバルのヘッドライナーを務めるほど人気は高まり、インディーロックのジャンルでは現在最も重要なバンドと見なされているが、2026年10月リリースの5thアルバム「Dopamine Chamber」においてはさらなる大ブレイクが必至と目されている。
このタイミングでバンドの過去の楽曲を振り返り、中でも特に重要だと思われる10曲を厳選していこうというのがこのコンテンツの主旨である。メンバーはダブリンの音楽大学で出会い、詩に対する情熱で結びついた。音楽よりも先に2冊の詩集を出版したこのバンドの特徴は、やはり文学性でもあるのだが、音楽的にはポストパンクからの影響が強く感じられ、近年ではトリップホップやシンセポップの要素も取り入れたものへとレンジを広げている。
バンド名は映画「ゴッドファーザー」に登場する落ちぶれたかつてのスター歌手、ジョニー・フォンテーヌに由来し、ザ・フォンテーヌズというバンドがすでに存在していたことから、結成地のダブリンシティをあらわすD.C.が付け加えられた。
Boys in the Better Land (2019)
暴発寸前のエナジーに満ち溢れた疾走感溢れるこの楽曲は初期のシングルとしてリリースされた後、デビューアルバム「Dogrel」にも収録された。地元アイルランドでの生活を描写したと思われる歌詞に登場するイギリス嫌いのタクシー運転手はキャロルズというローカルブランドの煙草しか吸わない。「ロックスターでもポルノスターでもスーパースターでもなんでもいいから、良い車を手に入れてここから出ていけ」と歌ったバンドはやがてそれを実現するのだが、その後もライブでは人気曲として演奏され続けている。
Big (2019)
デビューアルバム「Dogrel」のオープニングを飾るこの楽曲はわずか約1分46秒と短いのだが、インパクトは十分である。「雨のダブリンはオレのもの」と宣言した後、「子供の頃は小さかったが、オレはビッグになるぜ」と繰り返し歌われる清々しいまでの大志と上昇志向が眩しすぎる。少年がダブリンの街路を歩いたり走ったりしながら、当て振りをするミュージックビデオもとても良い。
A Hero’s Death (2020)
フォンテインズD.C.にとって2作目のアルバムとなった「A Hero’s Death」のタイトルトラックにしてリードシングルでもある。「人生はいつも空虚ではない」というキャッチコピー的なフレーズが何度も繰り返されているうちに、そのポジティブなメッセージがやがて疑念に変わっていくという仕掛けが仕組まれていて、途中には人生訓のような歌詞が含まれているのだが、これはデビューアルバムでの成功を繰り返すことができるだろうか、というようなプレッシャーを反映したものでもあるようだ。
Televised Mind (2020)
「A Hero’s Death」のアルバムからシングルカットもされたこの楽曲のタイトル、「テレビ化された心」とは一体何なのだろう。この曲の歌詞は英語を母国語とする人たちにとってもやや難解で複雑だというのだが、おそらくソーシャルメディア時代の即物的で便利だがなんとなく不安で危険な感じをテーマにしているのではないか、と解釈することができる。平熱感がありながらも奥底で蠢いている激情や表層的な無気力感のようなものも含め、マイルドな文明批評のようにも感じられる。
Jackie Down the Line (2022)
通算3作目にして全英アルバムチャートで初の1位に輝いたアルバム「Skinty Fia」からリードシングルとしてリリースされた楽曲で、「ドゥドゥドゥ、ラララ」と軽快に歌われているものの、虐待の要素をも含んだ人間関係をテーマにしているようで、アイルランドとイギリスとの歴史上の関係性の暗喩にもなっている。アイルランドの出身だがイギリスに移住してビッグになっていくバンドメンバー自身のアイディンティティ的な混乱がここには反映しているともいわれるが、音楽的にはポストパンク的な深化をさらに遂げながらポップソングとしての強度をも獲得しているといえる。
I Love You (2022)
「Skinty Fia」のアルバムからシングルカットもされた楽曲で、フォンテインズD.C.というバンドのオリジナリティが最も発揮されているともいえる。このタイトルからリスナーが想像するのはストレートなラブソングであり、この曲もまるでそのようにはじまる。しかし、途中からいつしかバンドの故郷であるアイルランドの政治や過去の非人道的な行為に対しての激しい憤りを込めた極度に政治的な楽曲にすり替わっている。そして、実は初めからそうだったのだということにも、やがて気づかされる。
Roman Holiday (2022)
「Skinty Fia」のアルバムから4曲目のシングルとしてもカットされた楽曲で、当時のフォンテインズD.C.のポストパンク的な音楽性からすると、よりリラックスした雰囲気が特徴的である。タイトルはオードリー・ヘプバーン主演の映画「ローマの休日」と同じだが、この曲の内容はそれとは関係がなく、イギリスに移住したアイルランド人の絶妙に微妙な感覚を祝福するようなものになっている。
Starburster (2024)
フォンテインズD.C.の4作目のアルバム「Romance」からリードシングルとしてリリースされた楽曲で、トリップホップ的なビートの導入が特徴的である。歌詞はボーカリストでソングライターのグリアン・チャッテンがロンドンのセントパンクラス駅で体験したパニック発作の症状にインスパイアされている。ブラー、アークティック・モンキーズ、デペッシュ・モードなどの作品を手がけたジェームス・フォードをプロデューサーに迎えたことによってサウンドは折衷的になり、それが楽曲の切迫感や不安感を高めてもいる。パニック発作という個人的な経験をベースにしながらも、混乱する世界情勢や社会不安のもとで生きざるをえない人々の時代的な感覚と同期しているようにも感じられる。
Favourite (2024)
「Romance」のアルバムでは最後に収録され、シングルカットもされた驚異的にキャッチーな楽曲で、ラーズ「ゼア・シー・ゴーズ」、ジ・オンリー・ワンズ「アナザー・ガール、アナザー・プラネット」などにもインスパイアされたといわれる。ディストピア的な現実認識がベースにあるようにも感じられるアルバムにあって、この解放感にはたまらないものがあり、人生における幸福な記憶と永遠に失われたイノセンスとを凝縮した楽曲のようにも感じられる。
Marianne (2026)
フォンテインズD.C.の人気と評価は作品を発表するごとに高まっていき、もはやインディーロック界における最重要バンドとさえ見なされる中、キャリア史上最高潮の期待で迎えられた通算5作目のアルバム「Dopamine Chember」からリードシングルとしてリリースされたのがこの楽曲であった。プロデューサーはアルバム「Romance」に続いてジェームス・フォード、脈打つシンセサウンドとストリングスが強調され、バンドのキャリア初期のポストパンク的な音楽性からは遠く離れ、ディストピア的な現実認識の深刻さはさらに深まっているように感じられ、それゆえの逃避的な世界観のさらなる作り込みなのなのだが、そこにポップミュージックとしての同時代的なリアリティや警告感のようなものも感じられ、たまらないものになっている。ここに分かりやすい正解は一切ないように感じられるのだが、それゆえに切実で表現として価値が高いようにも思える。
